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検査で呼気一リットルあたり〇・一六ミリグラムのアルコールが検出され、篤は酒気帯び運転で検挙された。その結果、三万円の罰金刑が科され、しかも医師法によって、三か月間医師としての業務を停止されてしまった。
篤は、運の悪さを呪った。それまで無事故無違反で、スピード違反はもとより、駐停車違反ですら検挙されたことがなかった。ずっと交通法規を遵守してきたのに、たった一度判断を誤ったばかりに有罪になってしまうなんて、本当についていない。
けれども、時間が経って冷静になると、病院長の叱責の言葉が心に響いてきた。
「浜中君、君は、検挙されたのは運が悪かったと思っているだろう。しかし、本当は運が良かったのだ。これで君は二度と酒気帯び運転をしない。今回はたまたま事故を起こす前に検挙されたに過ぎないのだ。もしかすると人身事故を起こしていたかもしれない。人の命を救う仕事をしている君が、人の命を奪う危険性があったことに気づいてほしい」
篤は、自分の奢りを深く反省して、二度と法に触れることはしないと自分に強く言い聞かせた。
医業停止期間中、今の病院にいるわけにはいかない。そこで、大学時代の恩師の伝手を頼って、その三か月間をアメリカのロサンゼルスにある医科大学で研究できるように手配してもらった。
目の回るような激務の暮らしから離れて、ロサンゼルスの医科大で過ごした楽しい三か月はあっという間に終わり、日本に帰国することになった。
篤は、三月三十一日の午前十時発の全日空便に乗り、ロサンゼルスを発った。
席は後尾にあるエコノミークラス、四十八列目のAだった。隣は空席で、Cは同年輩の日本人男性だった。
出発して二時間後にトイレに行った篤は、戻るときにその男がサッカーの試合を見ていることに気づいた。しかも、自分が見ているのと同じプレミアリーグの試合だった。
篤は声をかけた。
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