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「ポーン。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか? 急病人の方が出ました。お医者様がいらっしゃいましたら、お手をお上げください」
篤は困ったことになったと思った。
自分は医業停止中の身だ。うかつに医療行為はできない。まあ、機内に一人くらい医者はいるだろう。
誰も名乗りを上げない。再び機内アナウンスが入った。
「ポーン。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか? 急病人の方がいらっしゃいます」
心なしか焦っているようだ。
篤は悩んだ。
もし自分が手を上げたら、隣にいる剛田は自分の違反行為を目撃することになる。後日、彼がそのことを証言したら、自分の医師免許が剥奪されるという事態になるかもしれない。
いっそのこと、剛田に「今日の私の行動には目をつぶってくれ」と頼むか? いや、彼は刑事だ。断る公算が大だ。断られたらどうする? それを押し切ってやるのか?
隣の剛田から見つめられている。彼も何か言いたいのを堪えているのだろう。公務員としては口を挟めないと自覚しているのだろうか?
「ポーン。お客様にお願いです。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」
三度目のアナウンスの声が切羽詰まっている。CAも焦っているようだ。どうする? どうする?
ええい。
篤は手を上げた。
日本人のCAが飛んで来た。
「お名前と所属と専門は?」
「浜中篤。東都病院。循環器内科」
「お客様はトイレで大きな音を立てて倒れ、意識を失っておられました。今はビジネスクラスのお席で横に寝かせております」
篤がビジネスクラスに行くと、シートの上に、五十代くらいの日本人と見られる男性が横になっていた。髪の毛が薄く、肥満体だ。
CAが小声で話す。
「どうでしょう? 現在離陸後五時間です。もし緊急着陸が必要であれば、今ならアラスカのアンカレジに着陸できます。ご判断をお願いします」
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