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目の間には死神がいた。
いや、比喩表現とかじゃなくて本物の、あれ。
なんでわかるかって、そりゃあ大鎌もって黒いローブに顔は髑髏なんだから。
逆に死神以外になんて呼ぶのこんな生き物。いや生きてはないのか。何?死に物?
そんなことはどうでもよくて、そいつは想像よりも高くて陽気な声でこう告げたんだ。
「おめでとうございます!見事、本日の40人にあなたは選ばれました!」
もう度肝を抜いたよ。だって家のドアを開けたら死神がいて、しかも話しかけてくるんだ。恥ずかしいことに、21歳にもなって粗相しながらその場にしゃがみこんじゃった。
すると、動けずにいる僕を、そいつは慣れた様子でお姫様抱っこして室内に運び込んで告げるんだ。
「ちょっとちょっと、あんまり不自然な行動やめてもらえますか。私は他の人間に見られないんだから。困るんですよね~、不審な死に方したら私共の雇用主ががぶちぎれるんです。」
は、はあ。雇用主?死に方?誰の?
「あ、申し遅れました、この度あなたの魂の回収を担当いたします、ホナミと申します。よろしくお願いいたします。」
ホナミはそういって頭を下げた。
映画とかで死神って呼ばれる暗殺者が丁寧な物腰なことはあるけど、まさか本物も丁寧だなんて思いもしなかったよ。だってしっかりと伸ばした背筋を腰から折って、30度くらいに倒してしばらくそのままにしてるんだ。まるで就活の時にビデオで観た見本みたいだったよ。
やっぱり死神でもビジネスマナーの講習とか研修受けてるのかな。
話がずれたね。本題に戻ろう。
魂を回収されるって聞いてとにかく焦ったよ。だって言い方を変えただけでようはあなたを殺しますよ、ってことじゃん。
もちろんふざけんなって思ったよ。めちゃくちゃ怒鳴り散らしてやろうかと口を開いたんだ。
「あ、あの~。す、すみません、よよよよく分からなくて。なんで、そのー、なんで、えっとつまり、魂の回収って」
残念ながら情けない声を喉からひねり出すのが精いっぱいで、無茶苦茶な言葉しか出てこなかった。でも仕方ないよね、だれだってこんな状況には怯えるし、パニックになると思うんだ。寧ろ声を出せただけでも褒めてほしい。
そしたらホナミと名乗る死神はポケットからスマホを取り出しながら言ったんだ。
「あー、まだよく理解されてない感じなんですね。一応メールでも送ってたんだけどなあ。まずですね、魂の回収はつまりあなたの死を意味します。なんで、と仰いましたがそれは1年前のこの日にあなたが望んだことです。」
そこでいったん話を区切ったホナミはスマホの画面を見せてきた。
「こちらのアカウント、あなたのものですね。」
そこに映っていたのは、140字以内で文章をつぶやくSNSの僕のアカウントの画面。いくら死神あいてでも、他の人から自分の裏アカウントを見せられるのは恥ずかしかったよ。
「あなたは1年前の今日、4月1日に『1年後に世界は滅びています。もし残っていた時には私が死にます。』と投稿しています。そして無事に世界は今日を迎えたので、あなたの希望通りに魂の回収に参りました。希望通りになってよかったですね。この仕事、深刻な人手不足でして、1日約4000人死者が出るこの国で希望通りに死ねるのはなんとたった40人だけなんです。あなたは倍率100倍をすり抜けた幸運な人です。さあ、魂の準備はよろしいですか?」
それを聞いて呆然としたさ。だってエイプリルフールの冗談が死因なんて、世界一ダサい死に方だろう?もちろん慌てて訂正したよ。
「あ、あのそれって」
「なんです?まだ何か質問が?ああ、死体処理の方はお任せください。不審に思われないようにうまくやっときますよ。」
「い、いや、そうじゃなくて。その投稿エイプリルフールの嘘なんです。多分その前の投稿見てもらえるとわかりやすいと思うんですが。」
「へ?エイプリルフール?前の投稿?…『パチンコに8万吸われた、終わってるよこの世界。もう今月生きていけねえよ。』これのことですか?」
「はい。その日パチンコに負けてイライラしてて。それでその投稿を」
「まさか、本当にそれだけのことでこんな投稿を?」
いやあ、ぼくとしてもそれだけのことで殺されると思いませんでしたよ。そう言って笑ってすまそうと思ってた。でもホナミはポカンとした態度から一転して、怒りを露わにしてまくし立てたんだ。
「ふざけないでくださいよ。エイプリルフールともわかりにくい嘘をついて。これ夕方に投稿してるけど、嘘ついていいのは午前中までなんですよ?そもそも嘘にしたってめちゃくちゃつまんないですし。第一、死にたい人の候補に選ばれるときエイプリルフール何て考慮されてませんし。わかります?どれだけ貴重な機会をあなたが潰したのか。これで上から怒られるのは私なんですからね」
冗談を本気にしたのが恥ずかしかったのか、エイプリルフールに気が付かなかったのが恥ずかしかったのか、上司から叱責されるからか、しばらくの間ホナミは怒り続けていた。
しまいには泣き出しちゃったもんだからハンカチ代わりにタオル貸してあげたんだけどどうやら涙は出ないみたいだった。
代わりにビール置いてもう今日は仕事休んで一緒にビール飲もうって誘ったら鼻すすりながらビールを手に取ったんだ。涙は出ないけど、鼻はすすれるしビールも飲めるらしい。死神ってどういう体の構造何だろうね。
それから酔いつぶれるまで飲んでたんだけどホナミはずっと仕事の愚痴を話していた。死神はストレスのたまる仕事らしいよ。所属する部署の人員がどんどん削減されるのに死を希望する人はどんどん増えていて処理が追いついていない。そのうえ、昨年からSNSを活用して死にたい人を選抜する仕組みが試験的に導入されたけど、トラブル続きでうまくいかないらしい。
僕と同じ目にあった人も何人かいるんだって。
さらに追い打ちをかけるように、昔は優しかった上司も魂回収ノルマの未達成が続いて人が変わったように厳しくなったのだとか。
ついに寝始めたホナミに毛布を掛けて僕も寝ることにしたんだよ。
それでその前にトイレに行こうとふらつく足で向かったんだけどやっぱりお酒はよくないね。
自分の足につまずいてこけてしまったんだ。一体何にどうぶつかったんだろうね。
気が付いたら僕もホナミと同じ格好になっていたんだ。そこで気が付いたんだ。
ああ、自分は死んだんだって。
結局図らずもエイプリルフールの嘘を自分の手で僕は現実にしたんだよ。
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