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カオルのお父さんは向こうの世界の話を聞かせてくれた。
こちらの世界とほとんど同じだが、自分で時が止まっている。自分より若い人がいない世界だったという。
コンビニのバイトもおっさんだし、サッカー中継なんかも白髪頭の選手たちでスローにやってる。
母さんもいるんだけど、薫がいない。寂しかった。でも、決して戻りたいと思っちゃダメとしつこく言われた。
「でも、戻りたいと思わずにはいられなかった。本当にすまん」
「どうやってもう一つの世界に行ったんですか?」
「それ、私が原因でしょ」
「薫と喧嘩して、正直、どこかへ行ってしまえと思った。そしたら、別の世界にいた、って誰も信じないよな」
「別の世界があっても変じゃないよ。多世界解釈ってあるじゃん」
「何それ」
「タイムマシンでどこかへ行くとするよ。そこで親を殺してしまったら、私という存在に矛盾が生じてしまうから、そのパラドックスを解明するには、世界がたくさんあって、違う世界の親だったら、戻っても自分の世界の親も自分も存在できるというわけ」
「うーん、非現実的すぎてわからん。しかも、タイムマシンもないし、他世界でいきなり殺人なんか起こさないし」
「多世界解釈、そうなのかもしれないと思ったよ。薫のいない人生を歩いている僕と妻の世界がそこにあったんだと思う」
「でも、その世界のお父さんはいたの?」
「いたよ」
「え」
「おんなじ顔したおっさんが二人」
「ウケるんだけど」
「母さんは食費が増えたって文句言ってたよ」
「母さんらしい。夜いつも電卓たたいてるよね」
「私、なんで残ったんだろ」
「誰か、身近な人が戻ってきているとか?」
私は両親もいるし、一人っ子。身近な人と言われても思い浮かばない。
「ともかく、家帰ってみたら?」
「家に誰もいなかったから探しに出たんだよ」
「う〜ん、じゃ、ま、うちの子になりなよ」
というわけで、薫と一緒に暮らすことになった。
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