薄紅色の絵の具で

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 あれからユキさんは姿を見せない。  俺は胸にモヤモヤとしたものを抱えながら、おじいちゃんの家に向かった。   まだ片付けが終わっていなかったからだ。 「あれ? 片付いてる?」  おじいちゃんの部屋がずいぶんとすっきりしていた。絵も見当たらない。  俺があわてて母に電話すると、たまたま近くにきた叔父が片付けたのだという。 「女の人の絵のこと、何か聞いてない?」 『ああ、気味の悪い女の絵があるから、近くの神社でお焚き上げお願いしたって』 「はあ!? くそ、病院に置いておけばよかった!」  俺は電話を切って、急いで近くの神社に向かった。 『どうするつもりだ』  姿は見えないが、ユキさんの声が聞こえた。 「返してもらうんです!」 『約束は果たされた。もういいんだ、形あるものはいつか消える』 「あなたはそうでも、おじいちゃんは違う! あの絵を完成させられなかったことを今も後悔しているんだ!」  神社に到着すると、境内の真ん中で木の枠が組まれて、そこに火が放たれるのが見えた。 「待って、待ってください! そこに絵が……」 「ちょっと、きみ!」  宮司さんに止められながらも、俺は夢中で火の中に手を伸ばした。  スケッチブックはだめかもしれないが、あのキャンバスボードだけは! 『危ない!』  ユキさんの声が響いて、火を押し退けるように強い風が吹いた。  その隙に、俺は木の枠の中に手を伸ばし、奇跡的に無事だったキャンバスボードを持ち上げた。 「あった! よかった……」 「よくない!」 「す、すみません!」  宮司さんの怒声に、俺は反射的に頭を下げた。すごく恥ずかしい。  宮司さんに散々叱られたあと、事情を説明して絵を返却してもらった。  その帰り道、俺の目の前には、怒りで顔をゆがませるユキさんの姿があった。 「どうしてこんな無茶をしたんだ!」 「その価値はあったよ」 「何だと?」 「おじいちゃんはもうユキさんを見ることができない。おじいちゃんがユキさんと一緒にいたという証は、この絵だけだ。大切な約束を失ってほしくない」  ユキさんは一瞬泣きそうな顔をしたが、俺と目が合うと、まぶしそうに目を細めて微笑んだ。 「仕方ないなぁ。お前が勇気を見せてくれたんだ、私も覚悟を決めるよ」
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