薄紅色の絵の具で

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 今日はおじいちゃんの体調が良い。  途中で車椅子を降りたおじいちゃんは、俺の腕につかまりながら、ゆっくりと自分の足で歩いていた。 「この先に立派な山桜があるんだ。訪れる人がいないから、きっと寂しがっているよ」 「セイジロウさんが来たら喜びますね」  おじいちゃんは、ふふっと楽しそうに笑った。祖父と孫ではなく、友人のような距離感が心地良い。 「ほら、ここだよ。おや……」  あの山桜の前にたどり着くと、おじいちゃんは感嘆の声を上げた。  枯れかけの山桜が、最後の力を振り絞って満開の命の花を咲かせていた。 「ああ、なんて綺麗なんだろう!」 「当然だ」  ユキさんがおじいちゃんの前に立って、得意げに胸を張った。 「セイジロウ、来てくれてありがとう」 「ユキさん、待たせてしまったね」  ふたりの視線が重なる。見えてはいない。それでも本当の意味で、ようやく再会できた。 「セイジロウさん、これをどうぞ」 「これは?」 「色覚補正眼鏡ですよ。かけてみてください」  おじいちゃんは恐る恐る赤色のレンズの眼鏡をかけて、山桜を見上げた。  はっと息をのみ、その目にじわじわと涙が浮かぶ。  わかるよ、おじいちゃん。俺も最初は驚いた。 眼鏡をかけると、想像の何倍も鮮やかな薄紅色の花がそこにあるのだから。    ユキさんが薄紅色の髪をなびかせ、青空に向けて花びらで彩られた袖を振る。花びらが空に舞い、雪のように舞い落ちる。    おじいちゃんは、ぽろぽろと涙をこぼしながら微笑んだ。 「ユキさん、これがあなたの本当の色だったんだね。とても綺麗だよ」  ユキさんは照れくさそうに微笑んで、おじいちゃんの頬に触れた。 「そうやって私を褒めてくれるお前が、大好きだったよ」  さわやかな風が吹いて、ユキさんの身体が舞い上がる。その姿は空に溶けて消えた。
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