薄紅色の絵の具で

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 悪夢を見てから、結局一睡もできなかった。  今日は休日で、おじいちゃんの家を片付ける予定だったから良いけど、これが平日だったら耐えられない。  今は気配を感じないが、俺の家にいるのだろうか。 「今日はこっちに泊まろうかな」  おじいちゃんの家に到着し、玄関を開いて中に入る。思っていたよりも片付いている。  でも、おじいちゃんの部屋は割と物が多い。おばあちゃんが亡くなってから、ほとんどこの部屋で過ごしていたのだろう。  明らかに不要な物をゴミ袋に入れて片付けていると、押し入れの奥に大きな木箱を見つけた。  不思議と埃をかぶっていない。入院する前にも使用していたのだろう。  蓋を開けると、中にはキャンバスボードが入っていた。サイズはよく知らないが、大体B4くらいだろうか。 「女の人の絵? おじいちゃんが描いたのか?」  背景は桜のようだ。木箱に入っていたスケッチブックにも同じ女性が描かれている。 「こんな趣味があったなんて知らなかったな。おばあちゃんって感じでもないし、誰なんだろ」  おじいちゃんの秘密を覗き見た気がしてドキドキしていると、後ろからぬっと白い手が伸びてきて、心臓が飛び跳ねた。 「うわっ!?」  驚いて絵から手を離すと、白い女がその絵を拾い上げた。  やっぱりついてきてたのかよ!  女は絵を見て、 「セイジロウ、覚えていてくれたのだな!」  と歓喜の叫びを上げた。 「セイジロウって、おじいちゃんの名前……」  俺がつぶやくと、女が振り返った。  しまった! と口を押さえるが、女は俺を見て目を細めた。 「見えてるじゃないか。セイジロウの血縁者」 「孫だよ」  あきらめて答えると、女は少女のように可憐に微笑んだ。  その顔は絵の女によく似ていた。 「で、あなたは誰」 「私はあの山桜の妖怪、ユキ。セイジロウは友人だ」 「妖怪!? 友人ってことは、おじいちゃんはあなたが見えていた!?」 「そうだ。知らなかったのか」 「知らなかった……」 「そんなことより、私をセイジロウのもとへ連れていけ」 「何で」 「近頃顔を見せないので心配なのだ。私はお前に取り憑くことでしか移動できん。だから連れていけ」 「嫌だ」 「呪うぞ?」  突然息苦しくなって、冷たい汗が額に噴き出した。  女は俺をじっと見つめている。何だか腹が立って、俺は女をにらんで言った。 「おじいちゃんを呪い殺すつもりかよ」 「そんなことするか。会いたいだけだ」 「だとしても、俺は幽霊や妖怪に関わるのは御免だ! お前らのせいでずっと生きづらい思いをしてきたんだ! これ以上変なやつだと思われたくないんだよ!」  子供の頃から嘘つきだといじめられ、大人になっても白い目で見られつづける。  その苛立ちをぶつけるように叫ぶと、ふっと息苦しさが消えた。 「そうか、無理を言ってすまなかったな」  寂しそうに微笑む女を見て、俺は言葉を失った。 「友人に会えると思って舞い上がってしまった、許してくれ」  女はそう言って頭を下げるので、俺の胸には罪悪感が生まれた。  俺が悪者みたいじゃないか。 「ほ、本当に、会いたいだけなんだな?」 「ああ」 「わかったよ。けど、変なことするなよ」 「しない、しないぞ! 感謝する、孫!」  顔を輝かせる女を見て、俺は「何やってんだ」と頭を抱えた。
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