薄紅色の絵の具で

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 その日、夢を見た。  ユキさんが、俺に似た青年と向かい合って楽しそうに笑っている。 「そんなに私のことが綺麗だと言うなら、見せてみろ。私がどんな姿をしているのかを」 「わかった。約束するよ」  微笑み合うふたりは、このあとどうなったのだろう。  ユキさんは仕事中も俺と一緒にいて、悪霊などを威嚇して追い払ってくれる。  意外と快適だった。 「ありがとう、助かったよ」 「お前は妖怪や悪霊に好かれやすいな。そういうところもセイジロウに似てしまったか」 「嬉しくない」 「ふふっ」  俺は会社の近くにある公園で弁当を食べていた。頭上の桜は、そろそろ緑の葉が目立ってきた。 「初めてセイジロウと出会った時、あいつは子供だった。今のお前のように色々見えすぎて、人の輪に入れなかったらしい。いつもひとりで私の根本に座って泣いていた」  ユキさんは懐かしむような表情で言った。 「最初こそ私を警戒していたが、よほど話し相手が欲しかったのか、妖怪の私に心を許してくれるようになった」  その優しげな横顔を見て、俺は思った。  あなたも、おじいちゃんと話したかったのではないのか、と。 「一緒に遊んだよ。何度も、何度も」  満開の山桜を中心に駆け回ったり、おじいちゃんをいじめた子に対してユキさんが軽くおどかしたり、ふたりで海を見にいったり……。  俺の子供時代とは違ってとても微笑ましい、うらやましい話だ。 「あいつが就職するってなった時かな、急に私が見えなくなった。妖怪も幽霊もすべて」   冷たい風が吹き抜けた。  ユキさんは何でもないように微笑んで言った。 「それでも会いにきてくれたよ。仕事の関係で訪れる回数も減ったが、人生の節目には必ず報告をしてくれた。あいつが幸せそうで、私は嬉しかった」  しばらく沈黙がおりた。こういう時、何を言えばいいのかわからない。  俺の迷いを感じたのか、ユキさんは明るく笑った。 「最期にお前と話せて嬉しいよ。私たちの思い出をお前に託せるのだから」  ユキさんは、それでいいのか。  尋ねる勇気はなかった。
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