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てっきり廃れきっているものかと思ったが、案外そうでもなかった。寧ろ、綺麗すぎるほどに整われていた。流石は、祠一つ壊しただけで町民揃って騒ぎ立てる町である。
本当なら、一の墓の前でゆっくり思い出に浸りたい気分だった。しかし残念ながら、そうもいかないようだ。
『金田一之墓』と彫られた墓石の前に、大勢の幽霊が群がっているのが、万吉の目に映ってしまったのだ。
見えなければなんということはない。いくらだってあそこにいてやる。しかし墓の前に群がる幽霊の数は、尋常ではなかった。
幽霊たちは、何やらわいわいがやがやとしていた。じっと立っていたり恨めしそうに睨んでいたりする幽霊も多いが、こうして普通の人間のように井戸端会議をしている奴らもいるということを、万吉は長年の経験から知っていた。
またにすればいいだけのことだった。ところが、万吉の足は、彼の墓へと進んでいた。
意地のようなものだった。あるいは、願掛けのつもりだったかもしれない。
俺はなんにも見えちゃいない。聞こえちゃいない。ここで彼の墓参りを達成すれば、俺は普通の人間になれる。
万吉が近づくと、幽霊の何人かが、こちらを振り返った。万吉は、目を合わせないようにしつつ、真っ直ぐ目の前を見つめて歩いた。
墓石の前にしゃがみこむと、周りの幽霊たちが見ているのが、気配で分かった。ひそひそぼそぼそと、万吉を囲うように声がする。
水を撒いて墓石を簡単に洗い、持ってきた菊の花に取り換え、手際よく線香に火をつける。
一息ついて、手を合わせた、そのときだった。
「会わせてあげようか」
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