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耳元で、子どもの声がした。無垢で幼く、ひそひそ話をするような、息を伴ったその声は、舐めるように、万吉の背中にぞっと悪寒を走らせた。
万吉は、そっと立ち上がって、足早にその場を去った。跳ね上がる心臓が、骨までも打つようで、その鈍い音は万吉の耳を支配していた。
大丈夫、気づかれてない。だって俺は、反応しなかった。反応しなかった、よな……?
そうさ、俺はなんにも見ちゃいない。聞いちゃいない。
目を瞑って考えながら、心の中で唱え続ける。
素早く動かし続けていた足が、突然空気を掻いた。
「……あ」
地面かと思って油断した足は、まだ宙に浮いている。異変に気付いて目を開けたときには、もう遅かった。
前のめりに傾いたその身体は、重力に抵抗できるはずもなく、そのまま石段との距離を縮め、頭からごろごろと転がり落ちていった。
石段の先には乗ってきたママチャリがあり、万吉は勢いのままにそこへ突っ込んだ。非常事態を知らせるがごとく、地面に叩きつけられたベルはけたたましく鳴り響いた。
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