1.宇津美万吉の憂鬱

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「待ってよお爺ちゃん!」  旭の声がして、万吉ははっと顔を上げた。墓石を押し上げ出てきたのは、あからさまに不機嫌な表情を浮かべた吾郎だった。そんな彼を追って、旭と一も飛び出してくる。 「ごめんってば、怒らないでよう」  吾郎はもう無視を決め込んでいるようだった。アタッシュケースを執拗に抱いた格好で、万吉の傍をずかずかと通り過ぎていった。 「いやあ、参ったなあ」  茫然と吾郎の背中を見送っていた万吉の傍に、一が困った表情で歩み寄る。 「なあ……別にいいんだぞ? 一」 「任せておいてよ! なんとかするからさ!」  万吉の心配をよそに、一は自信満々に、どんっと胸を叩いた。  吾郎を追っていた旭は、暫くして一のもとへ戻ってきた。 「駄目だよ、キンダイチ。あのお爺ちゃん、僕のこと無視するんだ」 「ま、あんなことになっちゃったらねえ……」 「途中まで追っかけてたんだけど、見失っちゃったんだ」 「大丈夫、どこに向かってるかは大体見当がついてるよ」  そう言う一についていった先で辿り着いたのは、元則が開拓工事を行っている森だった。木の葉は春の日を受け、青々と輝いている。少し整備されている小道を進んでいくと、その先から、わいわいと声が聞こえてきた。  小道を抜けると、拓けた広場のような所に出る。そこには大工が集まって、地面を掘り返したり、足場を組んで何かを組み立てていたりと、思いのほか壮大な作業を行なっていた。 「よーし、飯にするぞー」  足場から降りた元則が声を上げると、仕事をしていた仲間たちも手を止め、元則のところへ集まった。 「ゲンさん、腰は大丈夫なんですか?」 「なに、見ての通りだ。ぴんぴんしてらあ」 と、元則は自分の腰を、両手でぱんぱんと叩いて見せる。 「やっぱり迷信だったんですかねえ、落ち武者なんて」 「実はな、新しく来た医者に診てもらったんだ」 「えっ、お医者? 診療所ができたんですか?」 「そうだぜ。俺あ、そこで薬を貰ったんだ。したら、この通りよ!」  元則が子供のように跳ねるのを見て、周りの大工はどっと笑った。
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