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一の墓の賑わいようにうんざりしていた吾郎は、静けさを求めてこの森にやってきた。暫く歩いていると、腰掛けに丁度いい石を見つけたので、吾郎はそこへ腰を下ろしたのだ。
抱えていたアタッシュケースを、膝の上で開く。整然と並んだ札束の一つを取り出すと、一枚一枚丁寧に数え始めた。
これが吾郎にとって至福の時間だった。静かな空間に響く、札束を数える微かな音が、堪らなかった。
そのときだった。
「あのう……」
最初は、空耳だと思った。だから聞こえないふりをしていたのだが、その声がもう一度した時には、流石に手が止まった。
「申し訳ないんですが、そこ、退いてもらえませぬか……」
声のするほうを振り返ったとき、吾郎は飛びのいた。
吾郎の傍に、武士の恰好をした何者かがしゃがみこんでいた。下ろされたままのボロボロの髪の毛の間から、上目遣いにこちらを見上げていた。
同じ幽霊と言えど、流石に落ち武者は気味が悪い。吾郎が慌てて立ち去ろうとした時、落ち武者もまた、慌てて彼を呼び止めた。
「まっ、待ってください! 別に、あっち行けって言ってる訳じゃなくて……!」
思わず足を止めてしまったので、どうすればよいか分からず、吾郎は恐る恐る振り返った。
本当に武士だったのだろうか、それにしては、なんだか弱々しい表情をしている。
「話し相手がいなくて、ちょっと、その……寂しいんです」
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