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男の名前は、川辺元則と言った。この町で長年大工をしているのだという。
「俺も年だろうが、どうも最近腰が痛くてかなわねえ。なんとかならねえか、これじゃ仕事も手につかんのよ」
万吉の専門は内科だが、取りあえず応急処置だけ施すことにした。
「と、取りあえず、鎮痛剤を出しておきますね。飲む量は袋に書いておきますので、きちんと守ってください。あとは、湿布を……」
万吉は元則から視線を逸らしたまま説明を続け、薬や湿布を渡した。そんな万吉の様子を、元則は不審に思っているようだったが、渡されたものを受け取ると、そのまま帰っていった。
元則が出て行ったのを目の端で確認して、万吉は漸く、伏せていた顔を上げた。
一度様子を見てみて、とは言ったものの、残念だが元則の腰は良くならないだろう。彼が来院したときの驚きを、万吉は忌々し気に思い出していた。
元則の腰には、落ち武者のような霊が、恨めしそうに抱き着いていたのだ。
万吉にはどうしても慣れないことがあった。それは、診察中に、患者に憑りついている幽霊の類が見えてしまうことである。しかし彼も、医者ではあれど霊媒師ではないから、下手に攻撃しては自分にも危害が及ぶ。いつもそうして見て見ぬふりをしていることが、愛想がないと言われる一番の原因だった。
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