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「ちぇっ、ボウリングに来たのが間違いだったな」
「そうとも言えないよ」
「え?」
顔を上げると、その先の一は満足げに微笑んでいた。
「君は万ちゃんをよく見て、よく知っていた。いつもとは正反対でも、端々に見える口調も仕草も、本物そっくりだった。正直今朝のことがあったから、心を入れ替えているのかと思った」
「だったら、どうして」
すると、一の人差し指がこちらを指差した。
「その怪我、どうしたんだい?」
彼が言うのは、額に貼られた絆創膏のことだった。途端、万吉は思わず笑い声をあげた。
「そんなこと僕が知らないと思ってるのか? 馬鹿にするなよ、一。僕の再現力は完璧だ。なんならこれを剥がして、怪我の具合まで見せてやろうか?」
「君は確かに完璧だよ。たった一つのことを除けばね」
「なんだと……」
「絆創膏の場所はそこじゃない。反対側だ」
はっとして、万吉は言葉を失った。自分が鏡の世界の住人であることを、すっかり忘れていた。
「色々なことを考えたさ。何かに憑りつかれているのか、或いは、僕たちにとって嫌味な態度をわざとやっているのか……そっちの方が考えられたけどね」
一は笑う。万吉はそれを見上げて思う。
本物の万吉は、いつも彼に言いくるめられて、情けないと思っていた。お前の代わりになってやったら、俺は上手くできるのにって。こんなへらへらしている奴に、俺はぼろなんか出さないのにって。でも……ダメだ。やっぱりこいつには勝てないみたいだな。
「万ちゃんを、返してくれるかい?」
万吉は、緩やかに口角を上げて微笑んだ。
「言ったんだ。お前の願いを叶えてやるって。本物の万吉に」
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