3.もう一人の誕生日

12/14
前へ
/68ページ
次へ
「ちぇっ、ボウリングに来たのが間違いだったな」 「そうとも言えないよ」 「え?」  顔を上げると、その先の一は満足げに微笑んでいた。 「君は万ちゃんをよく見て、よく知っていた。いつもとは正反対でも、端々に見える口調も仕草も、本物そっくりだった。正直今朝のことがあったから、心を入れ替えているのかと思った」 「だったら、どうして」  すると、一の人差し指がこちらを指差した。 「その怪我、どうしたんだい?」  彼が言うのは、額に貼られた絆創膏のことだった。途端、万吉は思わず笑い声をあげた。 「そんなこと僕が知らないと思ってるのか? 馬鹿にするなよ、一。僕の再現力は完璧だ。なんならこれを剥がして、怪我の具合まで見せてやろうか?」 「君は確かに完璧だよ。たった一つのことを除けばね」 「なんだと……」 「絆創膏の場所はそこじゃない。反対側だ」  はっとして、万吉は言葉を失った。自分が鏡の世界の住人であることを、すっかり忘れていた。 「色々なことを考えたさ。何かに憑りつかれているのか、或いは、僕たちにとって嫌味な態度をわざとやっているのか……そっちの方が考えられたけどね」  一は笑う。万吉はそれを見上げて思う。  本物の万吉は、いつも彼に言いくるめられて、情けないと思っていた。お前の代わりになってやったら、俺は上手くできるのにって。こんなへらへらしている奴に、俺はぼろなんか出さないのにって。でも……ダメだ。やっぱりこいつには勝てないみたいだな。 「万ちゃんを、返してくれるかい?」  万吉は、緩やかに口角を上げて微笑んだ。 「言ったんだ。お前の願いを叶えてやるって。本物の万吉に」
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加