5人が本棚に入れています
本棚に追加
***
がたごとと乱暴な音が響いて、万吉はうっすらと目を開いた。直後耳元で、がたんと大きな音が響いて、同時に眩い光が目に突き刺さる。
「こんなところにおったのか」
万吉はまだぼんやりしたままで、上手く頭が働かなかった。
「おい、起きろ。世話かけさせるな、ったく」
次の瞬間、口元に鋭い痛みが走った。
「むぐあ!?」
その衝撃に、漸く意識が覚醒し、万吉は目を見開く。そこに映し出されたのは、自分の顔を覗き込む老人の顔。
「ご……吾郎さん……? なんでここに……」
「ふんっ、だーれがお前なんかを心配しとるというんだ。頼まれたんで、嫌々な」
そんな彼のポケットからは、一万円札がちらり、顔を覗かせていた。
「随分とみっともない格好だな、まるで芋虫だ」
「人の気も知らないで……」
「少しは反省したか?」
吾郎の言葉にどきっとして、万吉はたちまち黙り込んだ。
「散々だったねえ」
入店のベルと同時に、一がこちらを振り返って言った。
カウンターに腰かけた一の向こうでは、双葉がグラスを磨いている。
「もう大丈夫だよ、帰っちゃったから」
一の傍には、あのコンパクトが置かれていた。手を伸ばし、蓋を開く。鏡の中を覗き込むと、そこにはもう一人の自分が映っていた。
あの時のような勝ち誇った眼差しはない。いつもの覇気のないつまらない表情だ。
今までどんな気持ちで、鏡の向こうから、自分の真似をしていたんだろう。
このまま入れ替わり続けることだってできただろうに……。
「彼、言ってたんだ」
万吉の思いを感じ取ったように、一が言った。
「君の願いを叶えてやったんだって。ようく思い出してごらんよ」
俺の願い……あの河川敷で……。
『少しの間でいいから、一人にしてくれないか』
まさか……少しの間って……。
「……あのさ、あの時のケーキ、まだあるかな」
一と双葉は顔を見合わせてから、万吉に向かってにっこりと頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!