1.宇津美万吉の憂鬱

8/32

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
「お口に合うか分かりませんが」  仁は万吉の向かいに座ると、茶碗に堆く盛られたご飯をもりもり食べ始めた。同じ食器を使っているのに、彼のはまるでままごとのようだ。  万吉は小さく「いただきます」と呟いて食べ始めた。鮭の塩焼き、キャベツの千切りの小山にちょこんと寄り掛かるミニトマト、味噌汁。お口に合わないどころか、ほっとするほどに優しい味だった。黙って食べているのもなんだから、万吉は仁に「おいしいです」と伝えた。すると彼は、子供のように満面の笑みを浮かべた。 「診療所の具合はいかがですか? すみませんねえ、あんなものしかご用意出来なくて」 「いえ、気長に掃除していきますよ……そういえば、今日患者さんがいらして」 「本当ですか!」  仁は食べる手を止め、身体を前のめりにして万吉に近づいた。 「良かったです! やっぱり、病院はなくてはならないですから! みんなが必要としてくれてるってことですね! で、誰が来たんですか?」 「川辺さんって方です。大工さんの」 「ああ、あの人……腰が痛いと?」 「ええ」  頷いて、万吉は味噌汁を啜った。  ところが暫くしても、仁から話を続けようとしたり、食事を再開しようとしたりしない。万吉が顔を上げると、仁は眉間に皺を寄せていた。 「何か心当たりでも?」  尋ねると、仁は持っていた食器を置いて、また前のめりになった。 「先生! 愚問ですが!」 「は、はい……」 「幽霊なんて信じますか!?」
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加