1.宇津美万吉の憂鬱

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 元則が腰の痛みを訴え始めたのは、ある森の開拓を任された頃だったそうだ。 「ゲンさん、あの祠を壊したせいだと思います……」  よくある話だ。工事の途中で突き当たった祠を、ゲンさんこと元則さんは、周りの反対も聞かずに壊してしまったのだという。なんとなく、「迷信にきまってるだろう!」と彼が怒鳴る様子が目に浮かんだ。 「あれは、この町で命を落とした落ち武者を祀っていた祠だったんです」 「なるほどね……」 「……全然驚かれませんね?」  どきっとして思わず顔を上げた先で、不思議そうにこちらを見つめる仁と目が合った。 「こんな話をしたら、いい大人が、とか、てっきり仰られるかと……。もしかして、そういうの、全く信じない感じですかね」 と不安そうに言うので、そこで万吉は漸く、考えて言葉を発した。 「ま……そういうこともあるんじゃないですか。僕は知りませんけど」  ところが仁は、幽霊の存在を否定されなかったのが嬉しかったのか、その話を広げ始めた。 「私はね、幽霊って信じてるんですよ。だって、色んな話があるでしょ? 私は一度も見たことないのになあ」 「……ごちそうさまでした」  先に完食した万吉は、すぐさま立ち上がる。 「あっ、皿は私が洗っときますんで、結構ですよ」  別にそんなつもりはなかったが、万吉は軽く会釈を返した。 「お腹が空いたら、いつでも言ってください。食事作って待ってるんで」  ここへの配属が決まったとき、食事・住居付きと言われていたが、そういうことだったのか。  そういえば、住むところは……? 「あと、寝るところも診療所じゃ、なんでしょう。先生のお部屋、ちゃんと用意してますから」 「……というと?」 「この家の二階です」  ……まあ、ご厚意には甘えさせてもらうべきだ。
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