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あの日のバカを治す薬
「どう? 今度こそバカが治ったんじゃない?」
もうその発言だけでバカ丸出しだった。
「なんて言うか、本当にバカになったよな、お前」
「……あ?」
理科室の椅子がガタンと鳴る。小学生の時に図工室にあったような木製で背もたれのない椅子だ。それを片手で持ち上げると僕に向かって歩き出してきた。
「ちょっと待てはやまるな」
「う~ん、ちょっとバカだからわかんない」
笑顔が前より怖くなった水緒はそのまま距離を詰めてくる。そして本気とも取れない速度で振り下ろされる。
「おいっ!」
逃げようと腰を浮かして後ずさると、僕の前で椅子がふんわり降りて隣に座ってきた。
「バカだなぁ、本当にするわけないじゃん」
相当根に持っているな、と思う。そして僕の手元にあった紙を見つめ「どれどれ」と品定めをするかのように上から下へ目が動いていた。
「……バカにしてんの?」
ドスの聞いた声が僕を捕まえる。
「僕は事実を記したまでだ」
「事実ねぇ。じゃあこの『バカはもうバカでしかない』って何?」
「は? そんなこと書いてねーよ」
「嘘つけ。消した後のこってるよ」
ほら、と指をさされたところには確かに一度はそう書いた。けれどもそんなの見つけられるか普通。
「ほら、図星だ」
うっとわかりやすい反応をしてしまった。この後いくら弁解をしてももう水緒の中では確定事項として処理されることとなる。となれば、僕がこの後するのは弁解でもなく謝罪でもなく。
「あぁそうだよ、悪いか? そもそも、だ。バカを治す薬が水緒に効くわけないだろ」
「それどういう意味?」
「バカとはな、治すものじゃない、治るものだ」
「うん、意味わからないけどとりあえず私がバカだってことは根底にあるみたいだからちょっと表出ようか?」
「ま、まて」
手で近づいてくる水緒を制して、再び逆切れを再開する。
「水緒がバカだと仮定して」
「仮定すら失礼だから」
「バカは元からバカを治そうとは思わない。なんせバカは自分がバカだって気づかないから」
物は言いようだ、と思いながらも言葉を続ける。
「つまり、バカだと気付いている水緒はもうバカの条件から外れているし、なにより、バカならバカなりに行動なんてしないはずだ」
「つまり?」
「水緒は自覚も行動もした時点でもうそれはバカではないんだ」
苦し紛れなのは元から。後は納得感を強めて力説を装って逆切れをすればいい。もしこれでも納得できないのであれば。
「うん、意味わかんない」
「そうか。バーカバーカ」
あとはもう徹底的に振り切るだけだ。
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