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5.
「……手遅れです」鑑識が振り向いてはっきり言った。
橋の下に転がっている車の中で静かに目を瞑っている四、五十代くらいの男女二人を静かに見ながら「そうですか」と琴森は頷き返した。
「鞄の中に免許証がありました。先日殺された西岡眞知子の両親で間違いないようです」
部下の女性刑事・鵜入が琴森に免許証入れを開いて見せた。
「鑑識の話しによると車内自殺で間違いないだろうとの事です」
「……」免許証に視線を落としながら琴森は黙って話しを聞いて静かにため息ついた。
「やはり娘さんが殺された事と何か関係があるのでしょうかね?それとも…まさかご両親が娘さんを?」
「想像力を膨らませるのは確かな遺体の検証結果と確かな情報が手元に揃ってからにしましょう。余計な思考は冷静さに傷をつけます。失ってからでは見えるはずの確かな色も全て真っ黒に染まってしまいあっという間に消えてしまいますから…」
「…は、はぁ……」
琴森は署内では何を考えているか分からない変わり者として有名だ。そのせいか周りの同僚達も本当に用がある時以外絶対彼に関わろうとしない。
刑事になってまだ一年。気が強いから部下にするには面倒くさいと思われたのだろう、押し付けられる形で鵜入は琴森の下に着く事になった。だが何度一緒に仕事をしても今だに琴森と言う人間がどんな奴なのかさっぱり分からないでいる。でもひとつだけ勉強したのは“琴森のよく分からない言葉にはいちいち質問を返さない事”だ。何故なら質問すればするだけますます琴森の話しは長くなるし、終いにはしつこいと視線で睨まれてしまうから。
「分かりました」
鵜入は素直に頷くと 遺体の側から離れて行く琴森の後ろをゆっくり着いて行った。
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