爪痕の別れ

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爪痕の別れ

「――シータさん、リアンさん。私たちと一緒に戦ってくれて……私たちを信じてくれて、ありがとうございました」  沈み行く陽。  荒れ果てた大地を赤く染める黄昏の下。  整列する帝国光天騎士団(こうてんきしだん)と向かい合い、傷ついたイルレアルタとルーアトランの前に立つシータとリアン。  それぞれは、複雑な思いを胸に互いの表情を見据えていた。 「私たちだけでは、きっとあの神隷機(ウラリス)を倒すことはできませんでした。本当に、お二人のおかげです」 「それを言うならお互い様だ! 本来は敵同士とはいえ、民を守るために共に戦えたこと……私も決して忘れることはないだろう!」  打倒したとは言え、神隷機が残した破壊の傷痕はあまりにも深い。  円卓の洪水と合わせ、二度の災禍に見舞われた人々のことを思い、キリエの表情は今も悲しみに暮れたままだった。 「教えて下さいキリエさん。神隷機ってなんなんですか? それにキリエさんは、前に会った時にもここで良くないことが起きるって……」  だがそんなキリエに対し、シータはその瞳にこれまでよりも強い意志を込めて尋ねた。 「ふむふむ。あれも天契機(カイディル)と同じで、大昔の人々が作った兵器なのだろう? 戦っている最中に、キリエ君がそう言っていたのを覚えているぞ!」 「そうですね……ずっと昔、この大陸にはフェアロストと呼ばれる大きな国があったそうです。けれど、長く続いたその国の平和は、〝天契機と神隷機の戦い〟で滅びたと……私は、そう聞いています」 「天契機と、神隷機の戦い……?」  シータの問いに、キリエは彼女が知る限りの知識を包み隠さず伝えた。    かつて、人類はフェアロストという巨大国家の元に平和と繁栄を謳歌していたこと。  フェアロストの技術レベルは想像を絶するもので、当時の人々は空に輝く星々にすら旅し、死や病すら完全に克服していたらしいということ。  しかしその繁栄と技術は、ある時勃発した〝破滅的な争い〟によって失われたということ。  そしてその最終戦争で世界の行く末をかけて争ったのが、他ならぬ天契機と神隷機であったのだということを――。 「なるほど……だが、どうして天契機と神隷機で戦い合うことになったのだろうな? 今の私たちもそうだが、兵器というのはこう……陣営によってあそこまではっきりと分かれるものか?」 「学者様の話では、天契機と神隷機は同じ時代に作られたとは思えないほど、〝かけ離れた仕組み〟で作られていると……きっと、当時の戦いには〝そうなる理由〟があったんだろうって……」 「けど僕もリアンさんも……連邦の皆さんだって、神隷機のことなんて全然知らなかったんですよ? あんなに恐ろしい怪物のことを、誰も知らないなんて……そんなことあるんでしょうか」  キリエの話に、シータはさらに問いを重ねる。  事実として、シータはリアンは元よりニアやソーリーンからも神隷機の存在を聞いたことはない。  唯一、確実に知っていたはずのエオインも、神隷機の脅威をシータに語ることは最後までなかったのだ。 「神隷機が動き出したのは、本当につい最近のことなんです。私たち帝国の記録では、一番古い物で三十年前……天帝戦争の時代に現れたのが最初です」 「天帝戦争って……お師匠と剣皇が一緒に戦ったっていう……」 「はい……陛下とシータさんのお師匠様は、レンシアラとの戦いの裏で、レンシアラが目覚めさせた神隷機と何度か交戦したと……私は、陛下からそう教えて貰ったことがあります」 「やっぱりお師匠は、イルレアルタと一緒にあの化け物と戦ってたんだ……」  それは、まさに先ほどイルレアルタの中で見た光景の裏付け。  やはりあの光景は幻などではなく、確かに存在した過去の記録だったのだ。 「つまり、あの化け物は帝国に追い詰められたレンシアラが目覚めさせたというわけだな……だが、レンシアラは天帝戦争で滅びたはずだろう? それなのに、なぜ今になって動き出しているのだ!」 「確かなことは私たちにもわかりません……けれど、神隷機の恐ろしさを誰よりも知る陛下は、今も大陸中で神隷機の目覚めの兆候を監視し続けています。実は、私たち光天騎士団はそのために――」 「お待ち下さい団長! いかに彼らが信頼できるとはいえ、それ以上は……」   だがそこで、副官らしき壮年の騎士がキリエの話を遮る。  指摘を受けたキリエははっとなって口元を抑え、すでにしょんぼりと縮こまる肩をさらに落としてしまった。 「ご、ごめんなさい……私、つい……」 「はうあっ!? も、申し訳ございません。私は決して団長を傷つけるつもりは……!!」 「はっはっは! 軍隊に秘密はつきものだからな。それに今のキリエ君の話だけでも、各国に警戒を促すには十分だろう!」 「……わかりました。なら、最後にこれだけは教えてくれませんか? どうしてキリエさんは、ここに神隷機が現れるってわかったんですか!?」 「コケコケー!!」 「それは……」  キリエの立場を良く理解するリアンとは異なり、シータは尚も食い下がった。  それは先に見た光景から感じた事態の重さと、自分は〝師の過去を知らねばならない〟という、もはや使命感とも呼べる強い思いからの問いだった。そして――。 「〝知識の回廊財団(ギルディア・アン・ドルクラ)〟……これまで、帝国領内で神隷機の覚醒は三回確認されています。そしてその全てで、財団の関係者の方が活動していたという報告を受けていて……」 「知識の回廊財団って……ユリースさんの!?」 「まさか、その財団があんな化け物を目覚めさせているとでもいうのか!?」 「本当にごめんなさい……今は、これ以上私の口からお伝えすることはできません。財団の影響力は〝帝国にも及んでいて〟……私たち帝国騎士団も、不用意に動くことはできないんです。だけど……」  沈む夕日は、夜の闇へと変わろうとしていた。  その可憐な容姿を心痛に俯かせ、それでもキリエは、今ここで伝えられる限りの言葉を二人に伝えた。 「覚えておいて下さい……〝レンシアラは滅んでなんていません〟。次に戦場で相まみえる時まで、どうか……お元気で」 「キリエさん……」 「コケー……」 〝レンシアラは滅んでなどいない〟  一見すると唐突にも思える警告を残し、キリエは麾下の騎士達と共に二人に背を向けた。  残されたシータは我知らず手に持ったトネリコの弓を握りしめ、去って行く帝国軍の姿をいつまでもじっと見つめていた――。
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