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刹那の共闘
「あれは神隷機……私たちが乗る天契機や、天帝戦争で使われた破滅の星を生んだ〝古代フェアロスト文明の悪魔〟です……!!」
神隷機。
そう呼ばれた巨神によって弾き飛ばされたリアンとルーアトランを救ったのは、仇敵である帝国の騎士――光天騎士団団長、キリエ・キスナ。
キリエはシータ達の前で見せたことのない、〝明確な敵意〟を神隷機へ向けた。
そして助け出したルーアトランと共に、自身が操る白銀の機体を広大な草地へと降下させる。
「リアンさんっ! 怪我はありませんか!?」
「コケコケー!」
「私ならキリエ君のお陰で大丈夫だ! しかし神隷機といったか? そんな物騒な物が、どうして突然ここに現れたのだ!?」
「それは……」
『……』
攻撃対象を求め、神隷機はその二枚貝のような頭部に不気味な眼光を灯す。
キリエは油断無くその巨体に視線を向けつつ、ゴーグル越しに映るイルレアルタに目線を移す。
「もしかして……ユリースさんの話していた遺跡が、僕のせいで壊れたから……!?」
「そんなっ! 今回のことは、絶対にシータさんのせいじゃありませんっ! でも、今は説明している時間が……」
「……わかった。ならば最後に一つだけ聞かせて欲しい。あの化け物は、本当に君たち帝国の兵器ではないのだな?」
シータの自責に、キリエは思わず言いよどむ。
リアンはそんな二人を冷静に制し、キリエにそう念押しした。
「違います……!! 私たち帝国にとっても、神隷機は倒すべき敵……もし世界中から争いがなくなっても、あんな物が一つでも残っていたら、平和な世界なんて絶対にやってこないっ!!」
瞬間。
シータ達三機の頭上を、無数の火炎弩砲が雨の様に流れた。
放たれた弩砲は次々と神隷機へと直撃。
与えたダメージこそ無いものの、神隷機の注意を周囲の人里から逸らすことに成功する。
そして、その砲撃を行った者達こそ――。
「あれはまさか……帝国軍か!?」
「戦陣一列! 我ら光天騎士団の命は、いついかなる時もキリエ団長と共にある!!」
そう、それまで連邦領のみから放たれていた攻撃とは異なる場所から放たれた無数の砲撃の主。
それは十数機にも及ぶ従騎士級で戦列を固めた帝国騎士団だったのだ。
「もちろん、帝国にも色々な人がいます……お金のために戦う人……陛下の理想を信じて戦う人……私たちが皆さんの大切な人を傷つけて、平和に暮らしていた沢山の人を苦しめていることを否定するつもりはありません。だから――!」
キリエは祈るようにそう呟き、自らの天契機でイルレアルタとルーアトランを庇うように前に出る。
「だから私はお二人に、〝帝国を信じて欲しい〟とは言いません。でもせめて今だけは……ここで暮らしている皆さんのため、あの悪魔を倒すために……もう一度だけ、私たちに力を貸して欲しいんです!!」
「わかりました……! リアンさんっ!」
「フッ……シータ君ならそう言うと思っていたぞ!」
その懇願に、シータとリアンは機体越しでありながら互いの意図を瞬時に把握。
まるで生身であるかのように、それぞれの機体で頷き合う。
「正式な連邦軍でもない私たちが、ここで帝国と共闘などすれば後で何を言われるかわからんな! だが――!!」
「――僕たちだって、みんなを守るために戦ってるんです! 一緒にやりましょう、キリエさん!!」
「コケーーーー!!」
全ては、これ以上の理不尽を許さぬため。
人と人との戦乱ですらない、人知の及ばぬ暴力によってこれ以上の血が流れることを防ぐための共闘だった。
「シータさん……リアンさん……っ。ありがとうございます……っ!」
そして共に戦うことを選んでくれた二機を頼もしく見つめ、キリエもまた万感の思いと共に決戦の意志を固める。
「囮は私とフィールグランで引き受けます! お二人はその隙に、敵の足を止めて下さいっ!」
「わかりましたっ!」
その言葉と同時。キリエの駆る白銀の天契機、フィールグランはその背から光の粒子を放ち、七つの鳥に似た飛翔体と共に天に昇る。
その機動は〝まさに飛行そのもの〟であり、イルレアルタの超跳躍とも、ルーアトランの滑空や滞空とも異なる装備であることが窺えた。
「足を止めるか……しかしルーアトランの剣もイルレアルタの矢も通じないのに、どうやって止めればいいのだろう?」
「――来ます、リアンさん!!」
「むむっ!」
刹那。飛翔したキリエのフィールグランを、悪魔の巨神が視界に捉え、両腕の連装弩砲の照準を合わせる。
「させない――!!」
だがその砲が放たれる直前。
イルレアルタ渾身の矢が神隷機の両腕を撃ち抜く。
その一撃はやはり有効打とはならず。しかし与えた衝撃で照準はぶれ、キリエを狙った砲撃は遙か頭上へと消える。
「キリエ団長を援護しろ! 天契機隊前へ!!」
「あの化け物は岩や土を操る! 各機散開し、的を絞らせるな!!」
「団長からの厳命だ! エリンディアの天契機と共同し、あの化け物を無力化する!」
フィールグランとイルレアルタ、そしてルーアトランの共闘を確認した光天騎士団も進軍を開始。
その狙いを神隷機に定め、大きく弧を描くような陣形で四方から火炎弩砲による弾幕を形成する。そして――!
「先ほどはあまりの硬さにびっくりしたが……! これならどうだ!!」
駆け抜ける風。
それはリアンの操るルーアトラン。
リアンは左右の操縦桿を目一杯前後させ、ルーアトランの上半身を弓を放つような特異な構えに移行。
大きく後方に引き絞られた白銀の長剣に風の翼の加速をも乗せ、雷光の如き乾坤一擲の刺突を神隷機の巨大な脚部に叩き込んだ。
「ぐぬ――!?」
しかしそれすらも不発。
耳障りな高音と共にルーアトランの刃は神隷機の装甲表面を舐め、僅かな傷痕を残すのみにとどまる。
「これでも駄目なのか……!? ルーアトランの剣はこの化け物にも負けてはいない……なのに、その上で斬れないということは、私の……っ!!」
リアンはルーアトランの加速を緩めず、一度神隷機から距離を取る。
そして未だ〝刃こぼれ一つ見せずに健在な愛剣〟を忸怩たる思いで見つめた。
「まだですっ! お願い、フィールグラン!」
しかしそんなリアンの突撃を無駄にすまいと、キリエの乗るフィールグランが神隷機の直上から急降下。
七羽の小型自律機を機体前方に集めると、イルレアルタの矢とは異なる〝雨粒状の光弾〟を無数に撃ち放つ。
「合わせます、キリエさん!!」
それと同時にシータも動く。
神隷機の意識が上下に振られたのを察知したシータは、即座に自らの意志をイルレアルタへと伝達。
その心と殺意とを研ぎ澄ませ、完璧な所作でイルレアルタの弓に収束した光の矢をつがえた。
「――今!!」
放たれる閃光。
それはフィールグランの弾幕に上向いた神隷機の、がら空きとなった胴体中央を直撃。
今のシータとイルレアルタに可能な最大出力の一撃は大地を揺らし、大気すら消し飛ばして、再び神隷機の巨体を大地へと沈めた。
『……zi……zi……』
「っ!?」
だがその時。
もうもうと上がる砂煙の向こう。
イルレアルタの感覚器と接続され、鋭敏化したシータの耳が、一切の心を宿さない不気味な声を捉えた。
『フィール……グラン……アグス……イル……レアルタ……』
「イル……レアルタ? 今、イルレアルタって……」
その宣告と共に、イルレアルタの立つ大地が揺れる。
粉じんの向こうで、じっとイルレアルタを見つめる八つの赤い眼光が明滅。
砂煙のヴェールに浮かぶ神隷機の影が瞬く間に組み替えられ、それまでよりも二回りは大きく、より〝畏怖すべき姿〟へと変貌していく。
「そ、そんな……! こんなのって……っ!」
やがて、悪魔はその姿を白日の下に晒す。
『アガヒニ……アン……ターガッドスクリスタ……イス、ターヴァハタ……〝最重要殲滅対象〟を確認……これより、完全抹消モードに移行する』
それは周囲の岩と土とを纏い巨大化し、〝機体周囲に無数の岩石群を浮遊させて〟鎮座する、真の邪神の顕現であった――。
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