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星の影に
「やった……?」
「コケ! コケーーーー!!」
「凄い……これが、イルレアルタとシータさんの……」
「倒した……! シータ君が化け物を倒したんだ!!」
迸る光と、広大な緑地を駆け抜ける風。
開放された装甲から溢れる青い光を法衣のようになびかせ、イルレアルタは構えた弓を音もなく下ろす。
「ありがとう……きっと君は、僕を助けようとしてくれたんだよね? そのために、あんな景色を……」
光混じりに吹き抜ける風の向こう。
それまで神隷機と呼ばれていた残骸の影は、その巨体の八割以上を跡形もなく削り取られ、脚部の痕跡を残すのみ。
眼前に残る悪魔の影を見やりつつ、シータはこれまで何度も命を救ってくれた愛機の操縦桿をぎゅっと握り、イルレアルタが伝えてくれた力と、その重責を心に刻んだ。
『――そう、か。フェアロストの血を持たない君が、イルレアルタの力をその段階まで開放できたなんて……さすがに想定外だったよ』
「っ?」
だがその時。
一度は途切れた過去の光景……恐るべき神隷機と対峙し、死闘の果てに撃破したエオインとイルレアルタの姿が、再びシータの視界に飛び込んでくる。
『だけど……乗り手としての資格を持たない君の体じゃ、〝星の力には耐えられない〟』
たった今シータがそうしたように、エオインを乗せたイルレアルタもまた青い光の衣をその身に纏っていた。
だがその状態がシータの時と明確に異なるのは、操縦席に座るエオインが、今にも倒れそうなほどに〝衰弱しきっていた〟ことだ。
『そう遠くないうちに、君の運命はその星の光に焼かれて消える……その時の君がどんな顔をするのか、今から楽しみだよ……』
『そんなことはわかってるさ。けどそれならそれで、先にお前たちを一人残らず狩り尽くせばいいだけだよ』
荒れ果てた戦場に響く嘲笑。
しかしエオインは嘲りを意に介さず、冷徹な眼光で矢の切っ先を声の主に向けた。
『さーて……本当にそんなことが出来るかなぁ? 自分で言うのもなんだけど、〝ぼくたち〟はとてもしぶといからね』
『やってみせるさ。ヴァースのために……ヴァースが僕に教えてくれた、明日のために――!!』
声の主めがけ、放たれる最後の矢。
その矢の行く末を、シータが見届けることはない。
束の間の回想は再び途切れ、シータの意識は今度こそ過去から今へと完全に帰還する。
「コケ? コケ?」
「ナナ……? うん……僕は大丈夫。ちょっと、まだ色々驚いてて……」
引き戻された今。
心配そうにのぞき込むナナにそっと手を添え、シータは深く息をつく。
現れた神隷機。
その出現に呼応するようにして開放された、イルレアルタの真の力。
そして、イルレアルタがシータに見せた過去の記憶。
「お師匠……」
しかしそれら多くの経験の中で、シータの胸に強く去来するのはやはり敬愛する師の姿だった。
「お師匠は、剣皇のためにあんなに必死に戦っていたのに……」
追憶の中でエオインが見せた最も強い感情。
それは他でもない、シータですら感じたことのない〝剣皇への深い想い〟。
追憶の先。エオインは命すら省みず、剣皇の力になろうとしていた。
しかし、そんなエオインの最期をシータは知っている。
剣皇の手勢によって炎に巻かれ、非業の死を遂げたことを。
「僕は本当に、お師匠のことを何も知らなかったんだ……」
最愛の師と剣皇の友情――そしてその破局。
シータが過ごしたエオインとの静かで幸せな日々。
そのあまりにもかけ離れた景色と、エオインが抱えていたのかもしれない深い悲しみを想い……シータはナナの羽に頬を寄せ、ゴーグルの奥で一筋の涙を流した――。
――――――
――――
――
『――起動したタラフカランは、こちらの想定通り円卓周辺領域でイルレアルタと交戦。途中帝国軍の介入もあり、善戦はしたものの最終的には撃破され……』
「ご苦労様。乗り手が未熟な今なら倒せるかもって思ったけど、やっぱりそう上手くはいかないよね」
分厚い本が所狭しと並ぶ広々とした書斎。
今。そこでは泥と煤に塗れた作業着ではなく、赤い執務服に身を包んだ〝知識の回廊財団〟理事長――ユリースが、テーブルの上に置かれた小型の機械から届く声に応じていた。
「タラフカランを倒せたってことは、シータ君がイルレアルタの〝第二覚醒〟まで扱えるようになったってことだもんね。〝才能の無い師匠〟と違って、シータ君みたいに出来の良い子を見ているとわくわくしちゃうなぁ!」
ユリースの顔に浮かぶのは笑み。
それもその言葉通り、豊かな才能を持つ少年の未来に心から期待する、先達としての喜びに満ちた笑みだった。
『ですがシータ・フェアガッハは、タラフカランを倒すために〝帝国軍と共闘〟しております。非常時とはいえ、この件を元に連邦議会へと働きかければ、エリンディアとイルレアルタを孤立させることも出来るのではありませんか?』
「あははっ! そんなことはしなくていいよ。シータ君がそこまでイルレアルタを上手く扱えるのなら、彼らを〝全面的にバックアップ〟して、徹底的に帝国を弱らせてもらった方がいいに決まってるからね」
機械越しに届く提案をたしなめ、ユリースは笑みを浮かべたまま席を立つ。
彼の足取りは実に軽やかで、とても何らかの策謀を巡らせているようには見えなかった。
「ふふ……結局君の最期の顔は見れなかったけど、代わりに、君の大切なお弟子さんの面倒はこのぼくが見てあげるよ。きっと君は、その方がずっと悔しがるだろうからね。ふふふ……あははははっ!!」
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