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沈み行くからこそ
「――以上がこの〝超有能議長〟、セネカ・エルディティオが成し遂げた連邦再建計画の全てでございます。皆様が命を賭けて作り出してくれた二ヶ月という僅かな時……実に有意義に使わせて頂きましたよぉ!!」
「はわぁ……」
「コケー……」
エーテルリア連邦首都、議員会館の一室。
議長セネカの招きを受けたシータとナナ、そしてニアは、そこで再建された連邦軍の軍備や物資、各役職に就く人選の変化について事細かな報告を受けていた。
「お見事です。まさか二ヶ月でここまでの変革を……しかも、連邦の体制を崩さずに実行できるなんて……」
「それも独立騎士団のお陰ですよ。今や連邦にとって、皆様の存在は対帝国戦役における最後の希望っ! そんな皆様を名目上指揮下に置いている私には、無能な議員の皆様も大人しくせざるをえないというわけですねぇ!!」
セネカはそう言って誇らしげに胸を張ると、目の前に座るシータとニアの手を実にわざとらしく握り締め、何度も感謝を口にした。
「とはいえ、ご覧の通り私は〝口と舌が専門〟ですので。実際の争い事については、エルフィール様や軍の皆様にお任せします。頼みましたよ」
「承知しました。私たちも連邦の勝利のために最善を尽くします」
「よろしい! では、エルフィール様へのご用件は以上でお終いですので、退席して頂いて結構です。ここからは、私とシータ様だけでお話したいことがありまして」
だがそこでセネカが口にした要望に、シータはもちろん、ニアも疑問の声を上げた。
「……了承しかねます。なぜ騎士団の責任者である私の耳に入れられない話を、彼に伝える必要があるのでしょう?」
「なーに、そう大層なことではありませんよ。例の〝円卓の化け物〟との戦い……あの場で〝帝国と共闘してしまった〟皆様の責任論を抑えるのには、私も大層苦労しましてねぇ。言うなれば、その最後の確認をシータ様にしておこうと思いまして」
「最後の確認って……! ですが、その件はすでに議会でも解決済みだと――!」
突然の申し出に、ニアは彼女自身も驚くほどの反論で応じた。
表面上はどうであれ、ニアはその立場上〝セネカという男をシータ以上に信用していない〟。
そして何度となく共に死線をくぐり抜け、名実共にかけがえのない仲間となった少年への想いもまた、かつてより遙かに強くなっていたのだから。だが――。
「ま、待って下さいニアさん! 僕なら大丈夫です。それに、ここで議長さんから聞いた話は後でニアさんにもお伝えしていいんですよね?」
「もちろん構いませんよ。先ほども言いましたが、誓ってシータ様を害するような意図はございませんし、そちらに不利益を与えるような内容でもありませんので」
だが、そこでニアを制したのは他ならぬシータだった。
シータの言葉を受けたニアは、なおも不安そうな表情を浮かべたが……やがてふうと溜め息をついて首を振った。
「わかりました。けれど、彼は私たちエリンディアの大切な仲間です。彼の心身を害することは、ひいては連邦の不利益にもなることをお忘れなきよう……シータさんも、無理だけはしないで」
「はいっ。ありがとうございます、ニアさん」
そして別れ際。ニアは一度だけシータの手をそっと握りしめると、静かに執務室を後にした――。
「――よろしかったのですか? エルフィール様にあそこまで反論されては、私も今回は引き下がろうかと思っていたところでしたのに」
「洪水であの場所の人たちを苦しめたのも、神隷機を倒すためにキリエさんと一緒に戦ったのも……どちらも僕が決めたことです。だから、あなたがそれについて僕に話があるなら、ちゃんと聞かないといけないと思って……」
「それはそれは……まだお若いのに、実に立派な心がけだ。人の弱みにつけこみ、裏をかくことしか能のない議会の皆さんとは大違いですねぇ」
二人と一羽になった執務室。
迷いなくそう答えたシータに、セネカは〝羨望〟にも似た思いを込めた眼差しを向ける。
「それに……あなたはこの国や僕たちのために、本当に沢山のことしてくれたんだと思います。政治とか、難しい話はよく分かりませんでしたけど……その、実は僕……」
「ふふ。仲間であるはずの議会の皆さんを公然と見下す私を、内心では良く思っていなかった……といったところでしょうか?」
「あ……」
自らの考えをセネカに言い当てられ、シータは素直に驚き、そしてすぐに申し訳なさそうに頷いた。
「あっはっはー! ままま、そう気にしないで下さい。自慢じゃありませんが、人からそう思われるのには慣れっこでして。それに、私が〝無能と馬鹿が大嫌い〟なのは純然たる事実ですしねぇ!」
「そ、そうなんですね」
「そーですとも! 特に連邦議会は酷い! 合議制によって個人の権力が大きくなることを禁じておきながら、実際は帝国などよりずっと富と権力に固執する馬鹿共の巣窟……ま、貴方がた独立騎士団のおかげで、今は〝この私の独裁〟みたいなものになっておりますがぁ!」
「はぁ……」
大げさな身振り手振りを交えて語るセネカを見て、シータは〝一瞬良い人かと思ったけど、やっぱりこの人は駄目っぽい〟と大きなため息をついた。しかし――。
「――ところで。もし再びあの神隷機とやらが現れたとしたら……貴方とイルレアルタは、次もそれを倒せますか?」
「え……?」
それまでの喜劇じみた振る舞いから一転。
不意にシータに背を向けたセネカは、執務室に備えられた窓から外に目を向けながら尋ねた。
「気休めも楽観も、希望的観測もいりません。貴方とイルレアルタならば、神隷機が今後も一機、二機と現れ、襲いかかってきても倒せるのか、倒せないのか……それを貴方に尋ねるために、このような回りくどい真似をさせて頂きました。貴方と違って、私の身辺に気を許せるような相手は皆無ですので」
「それは……でも、どうして?」
「もちろん、私が生まれ育った祖国……エーテルリア連邦を守るためです。確かに、今の連邦は沈み行く大国でしょう……とうに議会は腐りきり、多くの国民は平和ボケな上にプライドだけは高く、固定化された階層社会の改革はさすがの私にもどうしようもありません。ですが――」
セネカが見る窓の外には、今も連邦に生きる大勢の人々の営みがある。
その街並みを見たセネカは満足げに目を細め、普段の貼り付けたような笑みではなく、確かな優しさを宿した微笑みと共にシータを振り返った。
「ですがだからこそ……私はこの沈み行く国と、そこに生きる人々がたまらなく好きなのです。もちろん、この件についてシータさんに〝尋ねる理由〟はそれだけじゃありませんがね」
「そう、ですか……」
セネカのその言葉が嘘か真か。
今のシータには、それはまだわからなかった。
だがたとえセネカの思いが偽りだったとしても、その問いに対するシータの答えなら、それは初めから一つしかない。
「倒せます。もし、神隷機がまたみんなの前に現れたとしても……僕とイルレアルタで、必ず仕留めます」
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