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開戦、再び
「天契機隊前進! これより、偉大なる剣皇陛下に刃向かう愚か者共を殲滅する!!」
「「 オオオオオ!! 」」
星歴977年。
十の月末日。
数ヶ月に及んだ連邦と帝国の膠着状態は、再編を終えた帝国軍の進撃によって破られた。
制圧が完了した大陸西部方面軍を加えた帝国軍は、連邦と接する全ての領土から一斉に進軍を開始。
その陣容は三十万の兵員と、五百を越える天契機。
更には〝五十隻の飛翔船〟からなる、史上初の〝空挺艦隊〟すら擁する、二十年に及ぶ大陸戦争の総仕上げと呼べる大軍勢だった。
「怯むな! 礼儀を知らぬ帝国の田舎者は、高貴なる我らエーテルリアの地を踏むことは一歩たりとも叶わぬと教えてやれ!!」
だがしかし、円卓の戦いを経て陣容を建て直したのは連邦も同様。
帝国にも劣らぬ洗練された工業力を持つ連邦は、僅か二ヶ月の間に、その国力全てをつぎ込んで天契機の量産を加速。
練度と実戦経験で明確に劣る歩兵戦を避け、唯一物量で抗しうる天契機戦に活路を見いだし、帝国の進撃を迎え撃たんとしていた。
「なるほどな。俺もこいつの扱いに関しちゃ、素人もいいところだが……!」
飛び交う弩砲の雨。
そして投石機による巨岩が頭上を行き交う戦場の一角。
空色の装甲を持つエリンディア王国の天契機が大地を揺らして鋭く踏み込み、流麗な長剣の一振りで対峙する帝国の従騎士級を両断、爆裂させる。
「これがアンガルダか……元は帝国の従騎士級って話だが、良く動いてくれる!」
爆炎と共に四散する敵機を背に、薄暗い操縦席で余裕の笑みを浮かべる金髪の青年――エリンディア王国剣兵隊隊長、ラーディ・トアラスター。
彼こそリアンの剣の師であり、今でもエリンディア屈指の剣の使い手である。
アンガルダと名付けられた〝改修型従騎士級〟を軽々と乗りこなす姿からは、彼の得物が剣から天契機へと変わっても、その歴戦の才覚が変わらず健在であることを伺わせた。
「ちぇ、ちぇ、ちぇ……チェストーーーーッ!!」
そしてラーディの乗る天契機から見てやや後方。
長槍を構えたアンガルダが、絶叫の一突きを敵機目がけて繰り出す。
こちらもラーディと同じく、独立騎士団第二陣の守護騎士に選ばれたカラム・ケリーアの機体である。
「なんだその攻撃は……馬鹿にしているのか!?」
「ひ、ひええっ!」
だがカラムの攻撃は狙いを外れて空を切る。
実のところ、カラムは本来兵卒ですらない〝ただの羊飼い〟だ。
しかし彼は独立騎士団への志願者を対象に行われた〝天契機の適性試験〟を、ラーディすら上回る圧倒的成績で合格。
彼自身の〝天契機に乗ってみたい〟という強い情熱と優れた試験結果を鑑み、こうして第二陣のメンバーに抜擢されていた。
「平和ボケした連邦の雑魚め!」
「ひぃっ!?」
だがそうだとしても、人生初となる戦場の緊張はカラムが本来持つ天契機操縦の才を容易にがんじがらめにする。
訓練で何度もこなした動きすらまともに出来ず、明らかに新兵だと一目で分かるカラムに、相対した帝国騎士は怒りすら乗せて長剣を振り下ろした。
「――馬鹿にしたわけではない! すまないが、彼はこれが初陣なのでな!」
「があっ!?」
一閃。
カラムに攻撃をしかけた従騎士級が、突如として突っ込んできた疾風によって一刀の元に両断される。
現れたのは、純白の装甲に蒼穹のケープをなびかせたエリンディアの守護神――ルーアトランだった。
「無事か、カラム君!」
「は、はひぃ……た、助かりましたであります……」
「それなら良かった! 君は天契機どころか、戦うのも初めてなのだ。まずは戦うことよりも、戦場の空気に慣れるといい!」
地面に倒れたカラムの機体を助け起こし、リアンは優しく声をかける。
「やるな。訓練でも感じたが、エリンディアにいた頃とは比べものにならん剣の冴えだ。あの居眠りぐーたら小娘騎士が、たった半年でこうも見違えるとはな」
「ありがとうございます剣兵長! ですが、まだまだこんなものでは足りないのです。私はもっと速く、もっと鋭く……もっと強くならなくてはならないのです!」
「も、もっと強くでありますかっ? ルーアトランに乗ったリアン隊長は、今でも信じられないくらい強いのに……」
周囲の敵機をあらかた片付け、ルーアトランを中心とした三機は再び陣形を整える。
「なあリアン。戦ってみて気付いたんだが、帝国の奴らも〝天契機同士の戦い〟には言うほど慣れてないんじゃないのか? 奴らだって、これだけの数の天契機を相手にするのは初めてなんだろう?」
「そ、そうなのでありますか!? 自分にはさっぱり……」
「私にもさっぱり!」
「おいおい、頼むぜ隊長殿」
この戦場は対帝国戦線では辺境に位置し、対峙する相手も〝帝国の主戦力〟ではない。
しかしそのような僻地にも帝国軍は十数機の天契機と共に数千の歩兵部隊を投入しており、この戦いが帝国軍にとっても未曾有の規模であることは明らかだった。そして――。
「――敵地上戦力の半減を確認。頃合いですかな」
「では、これより掃討戦に移ります。トーンライディールとアンイラスハートを前に!」
その時。遙か高空から地上の戦況有利を見たニアとカール船長の号令により、太陽を背にした二隻の飛翔船が雲の合間から姿を現わす。
純白と空色で彩られた船体を二頭の空鯨に牽かせたそれは、エリンディアが誇る飛翔船、トーンライディールとアンイラスハート。
二隻は共に船体後部を開放すると、そこに満載された〝油樽〟の導火線に火を灯し、上空を悠々と巡航しつつ帝国陣地めがけて次々と投下する。
着弾した油樽は一瞬にして油と炎とを辺りにまき散らし、戦闘を継続する帝国軍を瞬く間に炎で包んだ。
「おのれ……! 高空弩砲は何をしている!?」
「連邦の飛翔船を叩き落とせ!」
だが当然、帝国軍も空からの攻撃には備えている。
〝連邦が飛翔船の運用を開始した〟ことはとうに知れ渡り、あらゆる戦線においてより洗練された〝新型の高空弩砲〟が配備されていた。だが――。
「っ!? こ、高空弩砲が……」
「こちらの弩砲が、攻撃を受けて――ぎゃあああああああ!」
「攻撃だと……一体どこから!?」
瞬間。戦場に配備された帝国軍の高空弩砲が、どこからともなく放たれる閃光によって次々と射貫かれる。
この戦場は見晴らしの良い草原地帯。
いくつか小高い丘は遠くにうっすらと見えるものの、そのような場所から攻撃するなど到底不可能のはず。
「駄目です! こちらの弩砲は全滅……! これでは、あの飛翔船を止めることは出来ません!」
「て、撤退だ……! 全軍撤退! 急げ!!」
それは、閃光による攻撃開始から僅か数十秒の出来事。
一瞬にして十を超える新型高空弩砲を破壊された帝国軍は、残る天契機を盾に撤退を開始。
この日、この地での戦いは連邦の勝利に終わった。
「ふぅ……」
「コケー! コケ! コケ!」
戦場から遠く離れた小高い丘の上。
そこでは僅かに茂る木々の間に片膝を突き、今も油断なく弓を構える灰褐色の天契機――イルレアルタの姿があった。
「コケコケー?」
「大丈夫……みんなが無事で良かった」
操縦席に座るのは、かつてより大人びた表情で息をつくシータ。
そして驚くべきは、彼がたった今平然と成し遂げたその〝狙撃距離〟だ。
それはもはや、生身の人間の視界を優に超えている。
かつてのシータでは到底不可能だった正確無比な超長距離狙撃を、今のシータは事も無げに行えるまでに成長していた。
「もっと強くならないと駄目なんだ……イルレアルタが僕に見せてくれた、あの時のお師匠みたいに……!」
ガレス戦の敗北から再起し、神隷機とレンシアラという、帝国とは異なる脅威を知ったシータの弓は、更なる力を求めてその冴えを増し続ける。
シータより先にその高みに至った最愛の師を待っていた運命が、いかに残酷だったかを知らぬままに――。
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