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剣皇の進軍
帝国と連邦。
大陸を二分する大国同士の二度目の開戦は、軍の再建を終えた連邦が、帝国に対して予想外の善戦を見せた。しかし――。
「て、撤退! 全軍撤退だ!」
「空飛ぶ城から、敵の大軍が降ってくるぞ!」
どん底の劣勢から再起を見せつつあった連邦軍の気勢は、突如として戦場に現れた帝国の空中要塞――カシュラン・モールによって跡形もなく粉砕された。
五十頭もの武装した空鯨に牽かれ、青空と白雲とを割って飛ぶカシュラン・モール。
その周囲には〝数十隻にも及ぶ飛翔艦隊〟が随伴し、優に百を越える天契機を次々と降下させていく。
「た、助けてくれ……! 降伏する……帝国に忠誠を誓う! だから、命だけは――ぎゃああああああああ!!」
戦意を失い命乞いをする連邦の機体が、四方を囲む帝国の従騎士級に串刺しにされ、爆散する。
天契機の足元で村が焼かれ、逃げ遅れた村人達が命を奪われていく
行く手を阻む者は全て敵。
軍も村も動物も、天然自然の要害だろうと
剣皇の意志に抗う一切を容赦なく蹂躙し、帝国軍は一欠片の命も残さず進撃する。
その凄惨な有り様を目にした連邦の将兵達は、ただひたすらに撤退の音を繰り返すことしかできない。
『――帝国に刃向かう愚かなる者達よ、心して耳を傾けよ。今より先、即座に剣を捨て、寛大なる剣皇陛下の前で膝をつくならば、我ら帝国の旗の下で生き存える許しを与えよう。だがあくまで戦うというのならば、お前達の命は連邦の名と共に地上から消え去ることになる。剣皇の刃は、帝国に弓を引く者の祈りも、涙も、決して斟酌することはない』
もうもうと立ち上る黒煙を縫い、カシュラン・モールと帝国艦隊が飛び進む。
すでに更地となり、命が失せた大地に、無慈悲かつ有無を言わせぬ降伏勧告が轟く。
『選べ! 滅びの道を歩むか、剣皇の庇護の下で生きるかを! そして忘れるな……お前達の選択がどうあれ、勝利は既に我々の手中にあるのだ!!」
――――――
――――
――
「降伏だ! あのような超兵器を相手に、それ以外の道は残されていない!」
「帝国軍は宣告通り、僅かでも刃向かえばどんな小さな村であろうと女子供問わず根絶やしにしております……! しかし、投降した者への待遇は手厚く寛大であると……」
「その噂を聞いて、兵も民も投降する者が後を絶ちません。このままでは……我が軍は戦わずして崩壊を待つばかりです!」
剣皇の参戦と、予期せぬ超兵器カシュラン・モールの出現。
士気絶頂の帝国軍に対し、連邦軍の本営はもはやその体制維持すら風前の灯火となっていた。
集まった将兵達の顔に、つい先日の喜色は一欠片も残されていない。
あるのは絶望と悲観、そして恐怖のみだ。
「剣皇の参戦はまだ予想の範囲内だったけれど……まさか、あんな恐ろしい兵器まで投入してくるなんて。流石は帝国軍ね……」
「感心している場合ではないぞ! このままでは、連邦も私達も帝国にボコボコにされてしまう! なにかこう……どーにかこーにかなる良い策はないのか!?」
「いくらニアさんでも、この状況じゃ……」
「コケコケー……」
本営の阿鼻叫喚をみやりつつ、シータ達独立騎士団もこの絶体絶命の状況打開を必死に模索していた。
しかしリアンに策を問われたニアは力なく首を振り、二人に本営から離れるよう促してその場に背を向ける。
「一つだけ……実は私がエリンディアに戻った時に、ソーリーン様から帝国と戦うための策を授けて貰っているの」
「女王陛下から!?」
「ええ。実際には策というよりも、〝帝国軍の致命的な弱点〟のようなものだけれど」
「弱点……」
「どっちにしろ、その弱点を突けば帝国に勝てるのだな! ならば、今すぐ帝国の弱点を連邦に伝えて――!」
〝まだ策はある〟というニアに、リアンはすぐさま喜びの声を上げた。だが――。
「……無理ね」
「なぬっ!?」
「連邦の士気は見ての通り地の底よ。外様の私がどんな策を話しても、〝帝国に投降したがっている人達の餌〟にされるだけよ」
「僕達だけがいくら頑張っても、帝国には絶対に勝てないですもんね……」
「そういうことね。それに作戦や戦術というものは、どれほど優れていようと結局は〝机上の空論〟にすぎない。最終的には実際に戦うみんなの力と、勝ちたいという気持ちがないと……」
ニアの言葉に、これまで何度も彼女の策を信じて戦ってきたシータは心の中で大きく納得する。
エリンディアでのローガンとの戦いでも、セトリスでのマアトとの戦いでも、円卓の戦いでも。
どの戦いにおいても最後に勝敗を定めたのは、実際に剣を交えた戦士達の覚悟と力量だったからだ。
「もし……もし私が〝連邦の全軍を動かせる立場〟なら、この状況からでも帝国に勝つ策を立てることはできるかもしれない……でも、今の私にそんな権限はない。悔しいけれど、今回ばかりは私もお手上げってわけね……」
「ぐぎぎ……! ニアの言うこともわかるが……では私達は、このまま連邦が負けるのを指をくわえて見ているしかないのか!?」
「今のところ、帝国の進軍速度は〝びっくりするくらい遅い〟わ。私達にも、あと数日は状況を見極める時間があるはず。そうしたら――」
「あのー……お話し中に悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「え?」
その時だった。
ニアをして連邦から離れるタイミングを見計りつつあった独立騎士団の三人に、騒々しい本営通路から不意に声がかけられる。
「あなたは、ユリースさん……」
「久しぶりだね、シータ君も元気そうで良かったよ! 円卓では、危ないところを助けてくれてありがとね!」
「ユリース? もしかして、知識の回廊財団の……」
「なぜ貴殿がこんなところにいるのだ? ここは軍の者しか入れないはずだが……」
軍の関係者が行き交うその場に現れたのは、かつて円卓の復興作業中に出会った財団理事長、ユリース・ティスタリスであった。
しかし訝しむシータ達にも構わず、ユリースは柔らかな笑みを浮かべ、次々と三人の手を握って簡単な挨拶を済ませる。
「悪いけど、こっちの説明は後でいいかな? さっき少しだけ聞こえたんだけど……君たち、〝今からでも帝国に勝てる〟って言ってなかった? もしそうなら、ぼくにもその話を聞かせて欲しいんだ!」
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