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壱之語部 ものいはぬ をとめ
「イチャイチャしたい!」
…………。
…………。
欲求の強さに思わず谺が鳴り響く大声で叫んでしまったが、周りの変人を見るような視線なんか全く気にならないくらい今の俺は切羽詰まってるんだよ。
楽しい大学生活を夢見て田舎からわざわざ上京して来たと言うのに、三年経ってもそれらしいイベントなんかこれっぽっちもありゃしない。
こまめにサークルに顔を出したり合コンに参加したり、自分なりに一通りの努力はやったと思うんだが、何が足りないのか皆目見当もつかない……。
『顔だ!』って言われたらそこで話が終わっちゃうから、その問題は一先ず置いといてだな。
俺に出来る事は全てやってしまったら、あとはもう神頼みしか残されてないと思うんだが、どうだろう?
とりあえず作法はペコペコ・パンパン・ペコで、あとは神様にちゃんと伝わるように名前とお願いの内容を訴えるんだったよな?
よしよし、え~……神様お願いします、わたくしこと『月見里 聡』は喉から手が出るほど恋人が欲しいんです! それも飛び切りグラマーで、ボボンッ! キュッ! ボンッ! って感じで、少しウェーブの掛かった金髪は肩甲骨より少し下くらいの長さで、瞳は薄いブルーで、でも俺は頭が良くないから日常会話は英語じゃなくて流暢な日本語を話してくれて、あとはあまり身長差は無くて俺より5cmだけ低いくらいで、あとはあとは……ってもっと詳しく思い浮かべた方がいいですか?
そうするとあと一時間は掛かりますけどいいでしょうか?
…………。
…………。
よし! 思いつく内容は全部伝えられたし、あとは期待して待つだけだな。
……って、アパートから近いって理由だけでこの神社に来たけど、ここって何にご利益があるんだっけ?
学業成就とか安産祈願だったら意味無いし、出来れば恋愛に特化したパワースポットだったら嬉しいんだけどな。
兎に角だ、分からない事は宮司さんか巫女さんに聞くのが一番手っ取り早い、っと言う訳で……え~っと誰か居ませんか~っと。
ん? 鳥居の横にしゃがんでるのは巫女さんか?
「お~い! そこの巫女さ~ん、ちょっといいですか~!」
反応が無いな、もしかして聞こえなかったか?
もっと近づいて……って、寝てるんかい!
「あの~、こんな所で寝てると風邪ひいちゃいますよ~」
可愛い娘だな、高校生くらいに見えるけど警戒心なさすぎだろ。
今時の高校生ってこんな感じでどこでも寝るもんなのか?
それにしても何て言うか、真っ黒なストレートヘアーと言い、日本人形みたいな顔立ちと言い、私は巫女さんになる為に生まれて来ましたって言われても信じそうなくらい整った容姿だな。
あとこれは普通の巫女さんだと思ったけど、服の模様とか髪飾りがあるから神楽舞の衣装なのかな?
どちらにせよ早く起こしてあげなきゃ、こんな石の上で転寝してたら体を壊しちゃうしな。
少しくらいなら揺すってもいいよな? 触れたからって犯罪じゃないよな? な? な?
よし、触れるぞ!
…………。
…………。
って、うぉ~い! 目を開けたよ!
「ボ、ボク、アヤシク、ナイナイ、ヘンタイ、ナイナイ」
「…………」
俺は馬鹿か! これ以上無いくらい怪しいだろ!
ほら見ろ、彼女も呆気に取られてるじゃないか。
通報されないように何か紳士的な言葉で取り繕え。
「俺は怪しい変態じゃないよ、むしろ変態と言う名の紳士だよ」
「…………」
盛大に滑った~! 無表情な彼女のリアクションがもう針の筵だよ!
考えろ、傷はまだ致命傷だ、なんとか盛り返せる筈だ……って致命傷だったら手遅れじゃないか!
「はっ! 俺もしかしてキミに変な事言わなかった? クソっあいつめ……実は俺って二重人格で、時々もう一人の人格が現れて勝手に余計な事を話しちゃうんだ……もし嫌な思いをさせてたらゴメン」
「…………」
駄目だ、取り返しがつかない……誰か助けてくれ。
ここまで無表情で一言も話してくれないってのはもう、呆れて、怒って、どっか行ってくれって感情なんだろうな。
素直に謝ろう……。
「色々誤魔化してゴメン、女の子がこんな所で寝てたから心配になって起こそうとしたんだけど、急に眼を開けたからテンパっちゃって、でも起きたんならもう安心だから俺は行くね」
「…………」
やっぱり何も言ってくれないけど、まぁ、あれだけ怪しい言動をすれば無理ないか。
ここは素直に退散した方が良さそうだな。
「え?……」
振り返って退散しようと思ったのに誰かに袖を引っ張られた感じがする。
見ると彼女が俺の袖を掴んで首を横に振ってる。
いったい何が起きてるんだ?
「えっと、何か用事があったのかな?」
俺の質問に対して彼女は何も言わず、落ちてる枝を拾って地面に文字を書き始めた。
【ごめんなさい、私は声が出せないから黙ってるだけなんです、怒ってる訳じゃないですよ】
「そうなんだ、良かった……って、俺の話は聞こえてるんだよね?」
【はい聞こえてます】
そうか、じゃあ風邪か何かで喉が腫れてるのかもしれないな。
それで辛いけど初対面の相手に顰めっ面なんか見せられないから、無表情を装ってたんだ。
「喉が痛いんだったら無理に話さなくていいから、俺も風邪を引きやすくてさ、すぐ扁桃腺が腫れちゃうんだけど、あれは辛いもんな」
そこまで話すと彼女は首を横に振り、また文字を地面に書き始めた。
【違うんです、声は出せるけど、出したくないんです】
ん? 意外な回答だな。
出せるのに声を出したくないってどんな理由があるんだ? 例えばだが酷い濁声で揶揄われた事が辛くてトラウマになってるとか。
だったら無理に声で会話をする必要なんて無いし、理由を聞く必要もないな。
「いいよいいよ、色々と事情もあると思うし、筆談でも……って、そうだ、地面だと書きにくいだろうし、これを使ってよ」
俺はカバンからノートとボールペンを取り出して彼女に差し出した。
この方が枝で地面に書くより何十倍も書きやすいし俺も読みやすいし、会話も若干スムーズになるだろ。
【ありがとうございます】
「遠慮しなくていいよ、それより、今更だけど名前を聞いてもいいかな? お互い名無しの権兵衛じゃ話しにくいだろ?」
【そうですね】
「俺は月見里 聡、大学三年生でそこのアパートに住んでるんだ」
【私は一言主大神と言います】
Oh~……地面より読みやすくなったと思ったらいきなり読めなくなっちまったぜ。
ってかどこまでが名字でどこからが名前だ?
あれか? 俺の月見里とか、あとは小鳥遊とか四月一日とか春夏冬とか、六月一日、八月一日、七五三田、臥龍岡、五月七日、一尺八寸……って、何気に俺って物知りじゃね?
兎に角、これはそう言った類の特別な読み方があると思うんだが違うのかな。
逆にこれで『一言主大神です』とか言われたらビックリだけどな。
「ごめん、失礼な事聞くけど、俺ってあんまり頭が良くないからキミの名前の読み方が分からないんだ、これってなんて読むのかな?」
【これは『ひとことぬしのおおかみ』って読みます】
Oh~……予想の斜め上だったぜ。
名前を聞いた後で何て呼べばいいのか分からないなんて人生初の経験なんだけど、一言さんでいいのか? それとも大神さん? 小さい頃にお友達からどんな愛称で呼ばれてたのか想像もできないし、どうしよう。
「本当に悪いと思ってるんだけど、キミの事は何て呼べばいいのかな?」
【好きな呼び方で構いませんよ】
また無茶な事を……。
この十一文字をどうやって可愛いくて簡単な呼び名にすればいいって言うんだよ。
考えろ考えろ、女の子の名前を堂々と呼べるチャンスを逃すな。
…………。
…………。
そうだ! 流行りのアニメみたいに中から何文字か抜き出せばいいんだよ。
となれば『ひとことぬしのおおかみ』だから、一文字目と四文字目と十一文字目で『ヒトミ』さんでどうだ!
この案を伝えると彼女の口角が僅かに上がった気がするし、たぶん怒ってはいないと思う。
「じゃあ宜しくねヒトミさん」
【はい月見里さん】
ふぅ、とりあえずこれで話を進められるな。
よしよし。
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