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次の日の昼休み、僕は教室の喧騒を避け、再び屋上に来ていた。
参考書を片手に、コンビニで買ったアンパンを頬張っていると、誰かが近づいてくる。
顔を上げると、セツナが不機嫌そうな表情で立っていた。
「彼女を置いてけぼりにするとは、薄情なヤツだな」
「どこに僕の彼女がいるんだ?」
「目の前にいる。とびきり可愛いのが」
「どこにとびきり可愛い女の子がいるんだ?」
セツナは嫌味をスルーし、僕の膝に小さな袋を置く。
参考書より少し重い。
「これは?」
「開けてみな」
袋に入っていたのは、桜色のランチボックス。
蓋を開けると、小ぶりのおにぎりと色鮮やかなおかずが並んでいた。
「残さず食えよ」
セツナはわざとらしく片目をつぶった。
彼女は見た目が派手で、料理ができるタイプとは思えない。
明らかに怪しい。
「……毒でも入ってるのか?」
「その手があったか。明日からそうする」
「絶対に止めてくれ」
セツナは箸で唐揚げをつかみ、僕の口に近づける。
「口を開けろ」
「おい、無理矢理食わせようと――」
サクッと揚がった衣の中から、どこか懐かしい味わいが口いっぱいに広がる。
セツナは、狼のような瞳で僕を見つめる。
「どうだ?」
「――美味しい」
セツナは満足そうに微笑み、僕に箸を手渡した。
「君にこんな特技があったなんて、驚きだ」
「何勘違いしてんだ? 作ったのは私の母親だぞ」
「……感心した時間を返せ」
この弁当と僕の将来を邪魔することが、どうつながるのだろう。
不思議に思っていると、セツナが獣のような素早い動きで僕の参考書を奪う。
「昼休みの時ぐらい、メシを楽しめよ」
彼女の狙いはこれか。
このままでは、貴重な休み時間を無駄に過ごすことになる。
「全部食べないと『久我に手作り弁当を捨てられた』って言いふらずぞ」
こうなったら、さっさと完食するしかない。
茹でたブロッコリー、だし巻き卵――僕はぎっしり詰まったおかずを順番に食べ進める。
脳から『急いで食べろ』と信号を送っているが、体は『しっかり味わうべし』と反発する。
昼食は菓子パンばかりだったので、まともな食事は久々だ。
明日から味気ない食事に戻れるだろうか。
「気に入ったなら、毎日用意してやろうか?」
セツナは、僕の心を見透かすように言った。
頬が急激に熱くなる。
何としても拒否しなければならない。
「……結構だ。君のお母さんに悪い」
「心配いらねーよ。本当は――」
彼女はいたずらっぽく笑う。
「私が作ったんだから」
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