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前編
「久我ミライ、お前にだけ私の秘密を教えてやる」
日向セツナの声が、頭上から聞こえた。
僕は彼女を無視し、数学の問題に集中する。
「私はもうすぐ死ぬんだ――重い病気でな」
僕は参考書を閉じる。
校舎の屋上なら静かに勉強できると思ったが、当てが外れたようだ。
顔を上げると、狼のような鋭い瞳を持つ彼女と目が合う。
「……いつ死ぬんだ?」
「やっとこっちを見たな。私に興味が湧いてきたか?」
「そういうわけじゃない」
僕は首を横に振り、話を続ける。
「もし卒業前に死なれたら、葬式に強制参加させられると思ってな。勉強時間を削られる」
僕が真面目に答えると、セツナは声を出して笑う。
その声は、入道雲が闊歩する夏空へ吸い込まれていった。
「思った通り、久我は自分の将来にしか興味ないんだな。早死にするクラスメイトに、同情する気持ちはないのかよ」
「僕と君は赤の他人。どうして感情移入できると思うんだ?」
勉強だけが友達の僕と、いつも明るい友達に囲まれているセツナ。
僕たちに、これまで何の接点もなかった。
彼女はため息をつき、肩をすくめる。
「私の余命は、来年の五月。久我の浪人生活が始まった頃だな」
「大学生活が始まった頃の間違いだ」
僕が不満げに言うと、セツナは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「はたして、そう上手くいくかな」
「どういう意味だ?」
僕の質問には答えず、セツナは「ついてきな」と身をひるがえした。
教室に戻りながら、僕は彼女の後ろ姿を見つめる。
一体何をするつもりだろう。
「みんな、聞いてくれ」
セツナは教室のドアを勢いよく開けると、僕と肩を組む。
「私たち、今日から付き合うことになったんだ」
教室は、水を打ったように静まり返る。
だが次の瞬間、クラスメイトの大歓声が響き渡った。
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