5人が本棚に入れています
本棚に追加
後編
数日後、僕は人気のない図書室で、セツナと向かい合って座っていた。
「久我、この赤い本は何だ?」
「大学の過去問題集だ。今から勉強すれば、君でも入れるかもしれないレベルのね」
「この前話したこと、本気にしたのか? 冗談に決まってんだろ」
「本気だろ」
セツナはたじろいだが、すぐに呆れたような表情を浮かべる。
「もうすぐ死ぬ人間が、大学を目指してどうすんだよ」
「僕だって、五月に死んでる可能性はある。人生何があるか分からない」
「そんな屁理屈が通じるか」
「嫌だと言うなら、『日向にひどいことされた』と言いふらすとしよう」
セツナにとって、何の意味もない脅し。
だが、彼女は狼のような瞳を細め、悩んでいるように見えた。
しばらくして、彼女はわざとらしく両手を上げる。
「降参。やればいいんだろ」
「やっと素直になったか」
「お前に脅されたからだ」
セツナは「あっ」と口を開く。
「受験料と入学金はどうすれば……いや、貯金で何とかなるか」
真剣な表情のセツナを、僕は口元に手を当てて眺める。
「随分と本気じゃないか」
「うっさい」
セツナは机の下で、僕の足を優しく蹴飛ばす。
「私の頭では、きっと合格できねーよ」
「余命わずかな女の子が願った夢なんだ。奇跡が起こるに違いない」
「安っぽいドラマか」
僕とセツナはわずかに目を合わせた後、小さく笑った。
最初のコメントを投稿しよう!