後編

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「久我、さっきから一度も平均点を超えてないぞ?」 「人生二回目なんだから仕方ないだろ」  僕たちは、カラオケボックスに来ていた。  案内された部屋は、この前と同じ。  お互い手にしている飲み物も変わらない。  唯一の変化は、あれから時が過ぎていることだ。 「朝までには、平均点を超えてみせる」  時刻は十二時を回っていた。  受験勉強の時はすぐ眠くなっていたのに、今は不思議と目が冴えている。  僕が次の曲を選ぼうとすると、セツナが口を開く。 「明日も講義があるんだろ?」 「朝からたっぷりな」 「なら、そろそろ切り上げ――」  僕がにらむと、セツナは言葉を止めて小さく息を吐く。 「……変な気遣いしやがって」 「それはこっちのセリフだ。『将来を邪魔してやる』なんて嘘をついて」 「嘘じゃねーよ。お前の生き方にムカついてたんだ」  セツナは、ばつが悪そうにガラスコップのふちを人差し指でなぞった。  僕は吹き出しそうになる。  なんて誤魔化し方が下手なのだろう。 「君のおかげで、高校生活に勉強以外の思い出ができた」 「そりゃよかったな」  顔を背けるセツナに、僕は「でも」と声をかける。 「僕は君に何も返せていない」 「見返りがほしかったわけじゃねえ」 「君の頭が悪かったせいで、合格させてあげられなかった」 「その発言は、ひどくねーか?」 「結局……僕が思いついたのは、君と朝まで騒ぐことぐらいだったよ」  僕は、久我ミライという無力な男をあざ笑った。  セツナは首を横に振る。 「そんなことねーよ」  セツナはふわりと笑い、天井を見上げる。  彼女の狼のような瞳は、狭い部屋の遥か先を見ているようだった。 「奇跡をもらった」  五月になった。  その日は、朝から真夏のように蒸し暑かった。  僕は持ってきた上着を脱ぎ、キャンパス内を歩いていた。  すると、見知らぬ番号から着信があった。  セツナの母親からの連絡だった。  奇跡は起こらず、彼女は余命通りにこの世を去った。
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