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2 ほくがしらないこと
「つまり貴方は何にも知らないまま、あんな自信満々に大丈夫とか言ってた訳ね!」
あれから、とりあえず近くだと言う彼女、カナリアの家に来た。
そして海で濡れてびしょ濡れだった僕は、カナリアに服やタオルを借り、着替えて改めてお互い自己紹介をした。
と言っても僕は名前以外何も話すことがない。
何にも覚えてないからね。
それを知った途端、カナリアは元気に怒り出した。
「貴方を信じた私がバカだったわ……」
ぷりぷりと怒りながらも温かなお茶を出してくれるカナリアは優しい。
先程まで倒れるんじゃないかと思うくらい白かった顔も、怒りのためか赤く色付いて元気になって良かった。
「カナリアの元気が出たようで良かったよ。泣いてるよりずっと良い」
「……もぅ」
本心からそう言うと、カナリアは大きく息を吐いて対面の椅子に座る。
「……本当に何にも覚えてないの?」
「うん、本当に真っ白」
「……そっか、だからホクトは私なんかを心配してくれるんだね」
何故かカナリアが苦笑する。
湯気のたつマグカップに息を吹きかけて冷ましながら飲むと、身体がじんわりあたたまる。
きっとそう言う効果のあるお茶なんだろう。
見ず知らずの僕にそんな優しさをくれるカナリアが、どうしてそんな風に笑うのか僕にはわからない。
「普通のヒトは、私を……セイレーンを避けるから」
「どうして?」
「さっきの見たでしょ? 海の魔女、ヒトとは違いすぎるイキモノ、ヒトならざるヒト」
「確かに雰囲気は何か違ったけど……」
「ヒトは自分と違うモノを恐れるの。だから他のヒトとは違う私も恐れるの。それが普通なの。
きっと貴方も記憶を取り戻したら、私を恐れて避けるようになる」
きっと今までずっと、そうされて生きてきたのだろう。
だからカナリアは諦めている。
優しい彼女が心を守るためにそうしているのだろう。
きっと何を言ってもカナリアの心には届かない。
真っ白な僕は、何もかもを取り戻してからでないと、カナリアに言葉を届けても意味がない。
「カナリア……」
「なに?」
「僕はホクトだよ」
「う、うん、さっき聞いたわ」
「僕は“貴方”じゃなくて、ホクトだよ。僕を呼んで」
真っ白な僕が唯一持ってるモノ。
「……わかったわよ、ホクト」
「うん!」
僕は他の誰かではない、僕だと。
今はただそれだけ、どうか覚えていてほしい。
「カナリア、他にももっと教えて」
感傷を隠して僕は微笑みながら、カナリアに問うた。
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