第3話 新しい人生 <完>

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第3話 新しい人生 <完>

 私とジルベールは少しの間、穴の中と外で睨みあっていたが……いつまでも土の中にいるわけにはいかない。 「ちょっと! 誰か私をここから引っ張り上げてちょうだい!」 周囲でガタガタ震えている参列者らしい人達を見渡すも、誰一人私に手を貸そうとする者はいない。 「聞こえないの!? ロープでも何でもいいから持ってきて、上から垂らして引っ張り上げてと言ってるのよ! もし言うことを聞かなければ……」 こんなことを口にしたくはないが、やむをえまい。 「呪うわよ?」 私は髪をかきあげると、ニヤリと笑った。 「ひいいいっ!! わ、分かった! 分かりました!」 「ロープ! ロープはどこだ!!」 「早くしろ! の、呪い殺されるぞ!!」 恐らく土にまみれた私の身体はさぞ不気味だったに違いない。頭上では人々の慌てふためく悲鳴が響き渡っている。 やがて、私の目の前にブランとロープが垂れてきた。 「?」 見上げると、数人の男性がロープをしっかり握りしめている姿がある。 「ど、どうぞ……ロープをお持ちしました……」 先頭の男性が震えながら声をかけてくる。 「ええ、ありがとう」 私はしっかりとロープを握りしめた。ふむ、なかなか立派なロープだ。一体、どこから見つけ出してきたのだろう? 「つかまったわ! 早く引っ張り上げてちょうだい!」 ロープを握りしめた男性達に声をかける。 「わ、分かりました! 皆、引っ張るぞ!」 その男性の掛け声にと共に、私の掴んだロープがズルズルと引き上げられていく。 「その調子よ! もっと引っ張って!」 私が声をかけると、さらにロープは上に引っ張られ……ようやく私は穴の中から出ることが出来た。 「ありがとう。みんな、よくやったわ」 私は地面に大の字で寝っ転がっている男性達に声をかけた。 「は、はい……」 「の、呪わないで下さいよ……」 「疲れた……」 「ええ。呪わないから安心してちょうだい」 彼らににっこり笑みを浮かべて答えると、次に怯えた様子でこちらを見ているジルベールとアロアに視線を移す。 「ジルベール」 「な、何だ! この魔女! 死んだふりして俺たちを騙しやがって! 悪女め!」 ジルベールはアロアを守るように抱きしめると喚いた。 「怖いわ……ジルベール」 アロアは震えながらジルベールに抱きついている。 「黙りなさい、ジルベール! あなた……私を殺したわね!? あなたが私にプレゼントしたワインを飲んだから私は死んだのよ!」 そう、私にはメリッサが死ぬ直前までの記憶がはっきり残っている。 「な、何を言っている! 証拠……そうだ、証拠を出せ!」 「ここにいる私が証拠よ! あのワインを飲んだ後、私がどれ程苦しんで血を吐いて死んでいったかあなたに分かるの!?」 「お、お前が悪いんだろう!? 俺には恋人がいるのを承知のうえで結婚したくせに! お前の家の金が目的だったのに、一切の資金を断ちやがって! 殺されたって文句は言えないだろう!?」 愚かなジルベールは殺意がありありだった事実を口にし、集まった参列者達は騒めく。 「ほら、やっぱり私を殺すつもりだったのね……。こんなに急いで葬式をあげたのも、私を殺害した事実を隠すためだったのね?」 「な、なぜ急いで葬式を上げたかって分かるんだよ! お前、やっぱり魔女だったんだな!? 眠ったふりをしていたんだろう!」 狼狽えながらも、ジルベールは言い返してくる。 「眠ったふりなんかしてないわよ! 本当に私は一度死んだのよ! だけど、日頃の行いが良いからなのか、神様が生き返らせてくれたようね?」 私は腕組みすると、首をコキコキ鳴らした。 この身体は間違いなく一度は心臓が止まっている。なのに、どういう仕組みかは知らないが、死後硬直すら起こっていない。 「何故、急いで葬式をあげたことが分かるのかって聞いて来たけど、そんなのは当然よ。何しろ私の葬式だって言うのに家族も来ていないし、神父もいない。それどころか棺桶に入れることも無く、私を直に埋めようとしたでしょう?」 「くっ……」 図星だったのか、ジルベールが身体を震わせる。 「恐らく、この身体にはまだ毒物が残っているはずよ。これから警察に行って、調べてもらうわ。ワインの入手ルートだって調べれば、あんたが浮上してくるはずよ」 ついでに軽く脅しをかけておいた。警察官は口もうまくなくてはいけない。 私は彼らに背を向けて歩き出すと、突然ジルベールが叫んだ。 「おい待て!! 本当に警察に行くつもりか!?」 「行くに決まっているでしょう? 妻を毒殺し、あげくに私の銀行口座に勝手に手を付けたことだって分かっているのよ? 懲役刑は免れないわね」 メリッサの記憶が全て残っている私には何でもお見通しだ。 「こ、この悪女め……」 ジルベールは怒りで肩を震わせると、足元に落ちていた棒を拾い上げて襲い掛かって来た。 「だったらもう一度死ねっ!」 馬鹿な男だ。私を誰だと思っているのだろう。 私も足元に落ちていた棒を拾い上げる。 私はメリッサでもあり、警察官だった宮田七瀬なのだ。 「アハハハハッ! 抵抗しようってのか!」 ジルベールは私に向かって棒を振り下ろした。 ガッ!! 軽々と私は持っていた棒で受け止める。 「な、何!?」 驚愕の表情を浮かべるジルベール。 「本当に、愚かな男ね」 ポツリと呟き、この際死なない程度に叩きのめしてやることに決めた。 この最低男は、何よりも私を捨てた元恋人に外見が似ていて気に入らなかったからだ。 「ギャ~ッ!! い、痛い! た、助けてくれ! や、やめろ~っ!!」 墓場にジルベールの悲鳴が響き渡る。 私は憂さ晴らしにボコボコにジルベールを叩きのめすと、手にしていた棒を放り投げた。 「ふ~すっきりした!」 私の勇ましい姿を震えながら見ている人々。 「まだ、死んでいないから手当てでもしてあげたら?」 怯えているアロアに声をかけた。 「ジ、ジルベールッ!」 慌てた様子でジルベールに駆け寄るアロアを見ると、私は参列客達に向き直った。 「皆様、お騒がせいたしました。次はジルベールの裁判でお会いしましょう!」 にっこり笑って手を振ると、私は背を向けて歩き出した。 これから新しい人生を生きていく最初の一歩を――  
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