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 彼の話は本当だったらしい。4度の後転でふらつく頭をおさえ、僕はあたりを見回した。  満開の桜並木の一番手前。2本の桜の幹に埋まった小さな祠。ここは、学校の裏手にある桜並木だ。見慣れた風景は、さっきまでいた場所と同じはずだが、違和感がある。 (そうだ、裏手の山も、電柱も、学校もない)  桜並木のすぐ右側には、コンクリートで固められた山道があったはずだ。それが、忽然と消えていた。しかも、あたりには電柱も街灯もない。桜並木の裏手にあるはずの学校もなく、代わりに緑が生い茂った山林がある。  周囲には、民家のひとつも見当たらなかった。桜並木の左右に続いているのは、見覚えのない川と畑だけだ。辺りは静まり返り、虫や鳥の鳴き声もしなかった。もちろん、人の声や車のエンジン音も、電車の走る音もない。  同じ場所だが、同じではない。ポケットに突っ込んでいたスマホを確認すると、16時44分と表示されていた。操作してみるが、ネットも通話も使えない。 (ここは本当に、裏側の世界なのか?)  僕は立ち上がり、祠に近づいた。そういえば、片方脱いだ靴も、見当たらない。左足の裏に、靴下越しに冷たい土の感触が染み込んでくる。  閉まっていたはずの祠の扉は開き、風もないのにゆれていた。 (そうだ、狐森くんをさがさないと)  あの胡散臭い噂を試したのは、同級生を捜すためだ。一度、噂を試そうと彼に誘われたとき、僕は断った。そのせいで、彼は一人で噂を試し、行方不明になってしまったのだ。なんとなく罪悪感を感じ、こうして噂を試してみたが、まさか本当に成功するとは思わなかった。  きっと、狐森も僕と同じように噂を試し、この世界に閉じ込められているに違いない。  古びて所々苔の生えた祠を覗き込むと、中には大量の靴が積み重なっていた。すべてが片方ずつで、新しいものもあれば、古びたものもある。  それ以外には、なにもない。大量の靴は、ここに来た人たちのものだろう。これは、ハナサキさまとやらにささげた対価だ。なんとなく僕は手を合わせ、祠を後にした。
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