第一章

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 通信機のけたたましい音で目を覚ました。真っ暗な部屋の中で通信機の青白い光がぼんやりと浮かんでいる。画面見るとそこは『悠聖』と表示されていた。まさか寝坊したのかと思ったが、画面の左上には「2:30」と表示されている。  眠りを妨害されたことへの苛立ちを抑えつつ、通話ボタンを押す。 「もしもし、灯真!」 「……おい、今何時だと思ってんだ」 「紗里奈さんの霊力が消えた」 「は?」  苛立ちも眠気も吹っ飛び、慌てて上体を起こして通信機を強く耳に当てる。 「紗里奈さんの霊力が完全に消えたんだよ!」  静かな部屋に悠聖の声が響く。多少怪我をしたり、意識を失ったりしても除霊師の霊力が完全に消えることはない。完全に消える場合は、何らかの呪いによって消されてしまったか、あるいは除霊師本人が死んだときだけだ。 「冗談、じゃねえだろうな?」 「冗談でこんなこと言うわけねえだろ! 廃倉庫に行ったあと、突然霊力が消えたんだよ!」  部屋の明かりをつけ、部屋着の上から脱ぎっぱなしの黒いナイロンジャケットを羽織り、すぐさま自室を出てカフェに続く階段とは別の非常階段を使い外に出る。 「……灯真!? おい、聞いてんのか!?」 「うっせえ! 俺が何とかするから、お前は黙って寝てろ!」 「はあ!? お前、それがどんだけ危険なことかわかってんのか!?」 「知るかよ! あのババァが除霊に失敗したんなら、どのみち俺んとこに回ってくるだろ! 遅いか早いかの違いだけだ」  悠聖が叫ぶように話しているのを無視して一方的に通話を切り、通信機をジャケットのポケットに突っ込む。  四月の外はまだ肌寒く、吹き付ける風がときどき針のように灯真の顔や手足を突き刺していく。この時間帯に外を歩く人間はほとんどなく、深い夜の暗闇の中で、白い月がぼんやりと浮かんでいる。もし、この時間帯に誰かと遭遇するとすれば、それはたいていが犯罪者か警察のどちらかだ。  もしここで警察と鉢合わせすれば、事情を聞かれ時間を取られてしまう。ほとんどの警察官は灯真のことを知っているが、知らない者がいないわけではない。  今の彼にそんな時間はない。一刻も早く倉庫に行かなければならない。その一心で、灯真は白い月を背に全力で走って走って、走り続けた。  途中、紗里奈と過ごした時間が走馬灯のように頭の中を駆けていく。親のいない自分を拾ってくれた恩人は、どんなに口悪く罵っても、喧嘩しても、いつも灯真の味方だった。もし母親がいれば、こんな人なのだろうかと、部屋の中で一人考えることもあった。  眩しかった彼女の笑顔をかき消すように、灯真は歯を食いしばって夜の闇を走り続けた。
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