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「俺だって好きで来てるわけじゃねえよ」
灯真が少し声を荒げると、工場内を浮遊する半透明の何かが一斉に動きを止めた。同時に遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。二人が工場の出入り口に目を向けると、二台の黒い車が走ってくるのが見えた。ヘッドライトが眩しくて思わず目を細める。
車は工場の前に停車すると、中から五人の屈強な男たちが降りてきた。地面の転がっている死体とよく似た背格好で、全員が同じ黒いコートを羽織っている。その中でも一番体格のいいリーダーらしき男が一歩前に出て、二人の爪先から頭のてっぺんを見た。
「ガキはこの時間、外出禁止のはずだが」
男の首から顔にかけて大きな龍の刺青がある。それはさきほど灯真が蹴った死体の顔にあるものと同じだった。
「見りゃ、わかんだろ。一人じゃねえ」
「てめえらみたいなガキは一人も二人も一緒だ」
「は? 目ぇ悪いならびょーいん行けよ」
「頭の悪いガキはママの元に帰んな」
それで、と男は続けた。
「うちの下っ端を殺したのはてめえらか」
「殺ったのは俺じゃねえ。ついでにこっちは被害者」
灯真が銀髪の男を指差す。
「こいつらを殺したやつはどこに行った?」
「知るかよ」
「ほう。じゃあ、何か? お前はこの人数が殺された中を運よく生き残り、都合よく犯人がどこに行ったのかを知らないと」
「そうだな。そもそも俺はあとから来たから知らなくて当然」
黒い服を着た男たちが一斉にコートの内ポケットから拳銃を取り出し、銃口を向ける。灯真と銀髪の男は素直に両手を挙げる。
「殺してねえって言ってんだろ? 耳まで悪いのか、おっさん」
「そうかもな。歳を取るといろんなところにガタがくる。困ったもんだ」
「じゃあ、聞こえるようにもう一回言ってやるよ。俺は殺してないし、犯人も見ていない」
「どのみち、条例違反は即、射殺。だろ?」
「いや、犯罪組織の人間に条例違反とか言われたくねーよ」
灯真はわざとらしく眉を顰めてため息をつく。
「人殺しを裁くのが、人殺しであってはならない、なんてことはねえだろ」
刺青の男が銃の激鉄を起こす。
「たしかにな。でもさ、言ってんじゃん。俺は殺してないし、犯人を見ていない。ついでに言うと、単独でもないって」
灯真が両手を合わせた瞬間、地面からゆらゆらと赤い風が巻き起こった。
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