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第一章
ひどく眠気を誘う春の温かさに、思わず瞼を閉じてしまいそうになる。窓から見える中庭の木には遅咲きの桜が咲いている。風が吹けば雪のようにちらちらと花びらが舞い、晴れた青い空をピンク色に染める。
「おはよー、灯真。なんか眠そうだな」
灯真が教室の一番後ろの席で机にうつ伏せになっていると、頭上から聞き慣れた声がした。ゆっくりと顔を上げ、声をかけてきた学生、羽崎亜足の顔を見て、再びうつ伏せになった。
「おい、無視すんなよ」
「朝からうるせえな」
「ずいぶん、ご機嫌斜めじゃん。昨日の仕事、手こずったの?」
手こずったというよりも、ただただ面倒だったというのが正しい。あの廃工場に死体が転がっているという報告を聞き、すぐに出向いたまではよかった。想像以上に死体の数が多かったこともまだ許せる範囲内だった。
死体の数だけ霊がいる。それらが怨霊になる前に除霊する。そのために若くして除霊師として働く灯真は、条例を破ってわざわざ一人で廃工場に向かった。問題だったのは、死んだ連中の仲間たちがあの廃工場にのこのことやって来たことだ。
本来、生きている人間を殺すのは仕事の範疇を超えている。しかしあの場で殺さなければ、確実に自分が殺されていた。
「面倒だっただけだ。おかげで寝不足なんだよ」
「ま、この街で子供が夜に一人で出歩きゃ、面倒ごとになるのは目に見えてるよな」
犯罪指定都市『トーキョー・レインタウン』は、三十の区画からなる大都市である。しかし学校や役所があり、人が安全に住むことができるのはたったの六区画のみ。それ以外の区画では犯罪が横行し、警察でも手に負えない状況になっている。
犯罪者が多く存在するこの街で、「人を殺してはいけません」と教える者はいない。それはたとえ安全とされている六区画内であってもだ。
「そういや、今日転校生来るらしいぞ」
「は? こんな中途半端な時期にか?」
春といえど新学期がはじまって二週間が経とうとしている。だいたいは転校生が来るならキリよく新学期がはじまるのと同時か、もしくは夏休み明けが多い。
「家庭の事情で手続きがちょっと遅れたらしいぞ」
「あっそう。まあ、どうでもいいけど」
睡眠不足を少しでも解消するため、灯真はホームルームの時間が終わるまで眠ることにした。
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