プロローグ

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プロローグ

 夜が一番深くなるころには、血の匂いが濃くなる。半分割れた窓ガラスから差し込む月明かりが、地面に転がった無数の死体を照らす。その周りにある血だまりを踏むと、乾き始めているせいでくっきりと足跡がついてしまった。血のついていない場所に靴の裏を擦り付ける。 「クソ! 多すぎるだろ! どう考えても!」  血溜まりに足跡をつけてしまった天翠灯真(てんすいとうま)は、体に溜まった疲労を吐き出すように大声で叫んでみたが、当然ながら周りの死体は返事をしない。誰からも返事がなければそれはただのひとりごとになる。 「何でこんな連日連夜働かなくちゃなんねーんだよ!」  苛立ちを少しでも発散しようと、死体の頭を蹴飛ばしてみると、白目を剥き舌が飛び出た刺青だらけの顔が視界に入っま。おかけで苛立ちは増すばかりだ。 「ん? 何だ?」  同じような服装に同じような刺青を入れた死体ばかりが転がっている中に、全く違う服装の死体があった。銀色の髪に白い肌、顔に刺青はなく、腰のあたりで両手に鉄の枷を嵌められ拘束されている。  灯真の頭に人身売買という単語が浮かぶ。報告にあった『被害者一名』が、おそらくこの男だろう。この被害者を連れた人身売買の組織が何者かに襲われ、ついでに巻き込まれたということか。  ここで死んでよかったのか、それとも人身売買の被害者として売られ、奴隷にされたほうがよかったのか、灯真にはわからない。考えようとも思わない。  ひゅっと風が吹く。空気が変わった。周りに転がっている無数の死体から、人の形をした半透明の何かがゆっくりと出てきた。それは完全に死体から離れるとその場を浮遊しはじめる。そのほとんどが死体と同じく、頭が陥没している。 「あー、面倒くせえ。俺はいつになったら、学校終わりに放課後デートができるんだよ」  今ごろクラスの男友達は、家に女を連れてこんでよろしくやっているに違いない。そう思うと余計に腹が立ち、今度は別の死体の腹部を踏んだ。 「じゃあ、俺としてみる?」  突如聞こえた声に反応し、灯真が周囲を見回すと、死体だと思っていた銀髪の男が、上体をお越して壁にもたれるようにして座っていた。薄汚れた白い服の真ん中より下のあたりには赤黒いシミができている。 「生きてたのか」 「うん。生きてるよ」 「お前、名前は?」 「明日、君とデートをする男、かな」 「死にかけのやつとデートする趣味はねえよ。それよりお前、人身売買の被害者だろ?」 「そう見える?」 「見えるから聞いてんだよ。いや、違ったとしても、面倒くせえからお前ってことでいいわ」 「何それ、変なの」 「お前に言われたくねえし。つか、生きてんならさっさと帰れ。この時間にここにいたら条例違反になるぞ」 「そのセリフ、そっくりそのまま君に返すよ」    灯真が住むトーキョー・レインタウンには、この街ならではの条例が存在する。そのうちの一つが、『夜九時以降、未成年の単独での外出を禁ず』である。
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