第十一話 春を待ち焦がれる

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 ………。  …………。    明滅する光が、まぶたの奥で何度も弾けては消えた。  まぶしいと、思わず眉を潜める。  ディーナスの世界に連れて行かれた時と同じ感覚に陥っていた。  僕は……僕は、どうしたんだろう。いや、どうなるのだろう。  記憶の中に、夏海の弾けるような笑顔や大口を開けて笑う龍介の顔、そんな二人に呆れながらもぷっと吹き出す理沙の表情が、こびりついている。幻想かとも思われる記憶の断片は、やがて光のかけらとなって、ぱちんと弾けた。 「……っ」  乾いた口が、痙攣したかのようにピクリと震えて、全身の感覚が少しずつ戻ってくる。ゆっくりとまぶたを持ち上げると、ピピ、という機械音と共に、白い天井が目に飛び込んできた。鼻の下から管が伸びていて、右手の甲には点滴の注射が貼り付けられている。  ここは……。  ぐるぐると回転する頭が、今自分が置かれている状況を整理しようと努める。  ここが病院で、自分が病室のベッドに寝かされていることはなんとなく察していた。  だが、今が一体何月何日なのか、どれくらいの間ここに眠っていたのか、まったく見当がつかない。手足を動かそうとしても、思うように動かすこともできず、僕はただ意識を保ったまま、ベッドにはりつけにされている状態のままじっと時計の針が時を刻む音を聞いていた。  何もできることがないので、思考は自然とディーナスでの記憶を辿ってしまう。  夏海……。  彼女と出会ったことが、あの世界で生きた僕の最大の幸福だった。でももう二度と会えない。龍介とも、理沙とも。四人で馬鹿みたいに笑いあった日々が、幻だったのではないだろうかと思って、心臓が暴れるように脈打ち始める。  あれは、あの世界での出来事は、全部幻想だったんだろうか。  死に際に見た僕の、長い夢だったんだろうか。  幸せだったひとときは、僕の声が失われたことで、一気に崩れ去った。均衡を保っていた四人の関係は、夏海と僕の恋によって、複雑に形を変えた。  そうだ、声——。  苦い気持ちに浸りながらも、僕はディーナスで自分の声が出なくなったことを思い出し、はっとした。  ドキドキしながら息を吸い、声帯を震わせて口を開いた。 「あ……」  出せた。  声が、いつも通りに出せる。  約一ヶ月半ぶりの感覚に、思わず目尻からぶわりと涙が溢れそうになるのを感じた。みんなの前では強がっていたけれど、本当は声を出したくてたまらなかったんだ……。 「夏海……」  声が戻ってきたということは、ディーナスで夏海は命を失ったんだろうか?  夏海は、ディーナスで失った僕の声は、そのまま現実世界に帰ったら、現実でも出ないままだと言っていた。だから、つまり。  夏海は、死んだ——?  声が出るようになった喜びと、胸を穿つ痛みが同時に襲ってきた。  僕が先にディーナスを退場すれば、夏海だって命を失う必要がなくなる。そう思って、夏海より早く海に身を沈めたはずだった。でも、間に合わなかったのか? それとも、夏海もあの後何らかの形で命を……。  分からない。  分からないよ……。  でも、胸に込み上げる切なさが、海の荒波のように襲いかかってくる。 「春樹……?」  突如、聞こえてきた懐かしい声に、僕はぎょっとした。 「春樹、春樹……! 目が覚めたの!?」
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