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第12話 本物
「なんだその……黙ってて悪かったな」
ヴェッセル様が、チェス様の口調で話されています。
とても不思議な感じです。
ですが私と向き合う形で座った彼の表情は、いつものヴェッセル様に戻っていました。
彼は軽く息を吐き出すと、少し寂しそうな表情で口を開きました。
「お察しの通り、チェスとヴェッセルは同一人物です」
確かに、ヴェッセル様はチェス様と同じ言動を見せました。
ですが私は、お二人が一緒にいる所を見ているのです。納得がいきません。
私の思っていることが伝わったのか、ヴェッセル様はご自身の過去をお話されました。
ヴェッセル様は幼い頃から魔術師として、肉体的にも精神的にも辛い修行や教育を受けてきました。
ご自身の心が殺されてしまう恐怖を覚える程の辛い日々を――
このままでは自分は自分でいられなくなる。
そう感じたヴェッセル様は、自分を自分たらしめる精神の一部を、ご自身から切り離したのです。
分かれた精神に魔術で実体を与え、生まれたのがチェス様でした。
どれだけ辛い境遇にあっても、本当の心であるチェス様が自由であったため、ヴェッセル様は辛い日々を耐えることができたのです。
ご両親が亡くなった時、お二人は一時的に一人に戻ったそうですが、チェス様の気質が強く表に出てしまい、周囲が混乱したそうです。
「世間は本当の私であるチェスを認めず、抜け殻であるヴェッセルを求めました。それに貴族社会は闇深く、心を殺さなければならない場面が多々あります。なので結局チェスとは完全に一つにはならず、今に至るのです」
何故ヴェッセル様が人形のように感じられたかが分かりました。
本当の心が、そこに無かったから――
恐らく、主な感情を司っているのはチェス様なのでしょう。
「だけどお前は違った」
突然口調が変わりました。
ヴェッセル様に、チェス様の表情が重なりました。
「お前は……俺のことを勝手に優しいとか言って恐れなかった。人を傷つけるこの力を、認めてくれた。嬉しかったんだ。皆から拒絶されていた本当の俺を、受け入れて貰えたことが……だから、調べた。いずれ今日のようなことが起こることを想定して」
実は、ヴェッセル様とチェス様は記憶を常に共有しているらしく、私が偽物であることをヴェッセル様はすでにご存じだったそうです。
なので今度はヴェッセル様が貴族の繋がりを使って調査をし、私の両親の素性を突き止めたのだとか。
同時に、市に行こうとしたとき、何故タイミング良くヴェッセル様がいらっしゃったのかが分かりました。贈られた花束に、私の好きな花が使われていた理由も。
「い、一度しか言わないから、よく聞けよ」
彼は私に近付き、片膝をつくと、この手を取りました。
私を見つめる瞳から感情が伝わってきます。
彼はもう人形ではありません。
魔術で作られた存在でもありません。
「テレシア」
私の名を呼ぶのは、分かれていた心が一つになった本当のヴェッセル様。
「『私の大切なチェス様』という言葉に込められた想いがもし俺と同じであれば――これから先も本当の俺と一緒にいて欲しい。本物の……夫婦として」
粗暴な態度に恐れを隠し、それでも大切な存在を守るために戦う強さを持つ、私の――大切な人。
「……わたしも、あなた様と一緒にいられたらと思っていました。ずっと、ずっと一緒に……だから――」
嬉しいという言葉は、触れあった唇によって消えてしまいました。
ですが、私を抱きしめるヴェッセル様の温もりと、込められた腕の力が、言葉の続きを受け取ってくださったことを伝えていました。
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