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上司から疎まれ、同僚たちからも白眼視された俺は、次第に職場での居場所を喪いつつあった。
大した仕事も割り振られなくなってしまい、ここのところは定時退社が続いていた。
家に入ることが出来る時間までは空腹を堪えつつ、寒さを凌ぐべく様々な場所をうろついて廻っていた。
あてどなく街中を彷徨う俺の胸中に、じんわりと哀しみが湧き起こる。
あの夜から、俺の暮らしはまるっきり様変わりしてしまった。
何故、俺は部下と不倫関係になってしまったのだろう。
興信所の報告書という動かぬ証拠があり、そもそも俺自身も道ならぬ関係を持ってしまった記憶も持ってはいるので、事実であることは疑う余地など無いのだろう。
けれども、俺が不倫などに手を染めたことについて、未だに釈然としないのだ。
俺にとって、家族が何よりも大切だった。
学生時代に知り合った妻のことは深く愛していたし、一人娘のことは掛け替えのない宝のように思っていた。
そんな俺が家族を裏切って不倫を働くなんて、どうしても納得出来ないのだ。
冷ややかさを湛えた夜風がブワリと吹き抜けて、俺は思わず身震いする。
『貴様らは! 地獄行きだ!!!』
あの夜、終電の車内で耳にしたメイド女の叫びが脳裏にて蘇る。
俺はしみじみと考える。
今の俺の境遇は、まさしく地獄に他ならないと。
心の拠り所であった妻と娘からは忌み嫌われ、職場の中での立場を喪いつつあり、腹を空かせながら寒空の下をあてどなく彷徨うこの状況は、まさに地獄だと。
街の灯の輪郭が、次第にぼんやりと見えつつあった。
吐く息は真っ白で、それは俺の冷え冷えとした心を物語っているように思えてしまった。
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