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その夜、乗り込んだのは終電だった。
車内には疲労困憊といった有様の男達がポツポツと座っていた。
何とも言えぬ沈鬱な雰囲気が満ち満ちているように感じられた。
「ガタン、ゴトン!」と規則正しい音が車内へと響き、俺はゆるゆると眠りに誘われつつあった。
『貴様らは! 地獄行きだ!!!』
唐突に響き渡った怒鳴り声に、俺はビクリと目を醒ます。
寝ぼけ眼で車内を見遣ると、映画やアニメの中でしか見たことのないような古色蒼然とした様へと変わり果てていた。
そして、車両の真ん中には、独りの女が仁王立ちとなって佇んでいた。
腰くらいまでの長さの艶やかな黒髪が印象的なその女は、青と白とを基調としたメイド服を纏っていた。
フリル付きのスカートはやけに短く、すらりとした脚は膝上までの白く長いタイツに包まれていた。
その右手には、古めかしい長尺の銃を携えていた。
それは他でも無い、あの夜に葛西と共に遭遇したメイド女だった。
知らず知らずのうちに、俺は席から立ち上がっていた。
まるで引き寄せられるかのようにして、メイド女に向けて歩み寄りつつあった。
メイド女が唇を歪ませ、その顔に凶悪な微笑みを浮かべるのが分かった。
その瞳が欲望でギラリと輝いた。
右手に携えられた銃がスッと挙げられ、その筒先が俺を捉えた。
俺は、大声で喚き立てながらメイド女に駆け迫りつつあった。
あの銃で撃たれ、胸に大穴を穿たれたら、俺はドーナツへと成り果てるのだろう。
そして、あのメイド女に貪り食われてしまうのだろう。
そうすれば、俺の存在など世界から綺麗さっぱり消え失せてしまうに違いない。
葛西がこの世界から消え失せてしまったようにして。
そうすれば、俺はこの現実から解き放たれるのだ。
まさに地獄としか形容しようの無い、過酷極まりない現実から。
俺は何時しか満面の笑みを浮かべていた。
銃声が轟く。
俺の意識は、ふっつりと途絶えた。
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