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轟音が鳴り響いたその瞬間、俺は反射的に身を伏せていた。
両の腕で頭を抱え込みながら。
ガタガタと震えつつ、葛西の悲鳴や呻き声が響き来ることを只管に怯えていた。
けれども。
銃声が響いた直後、車内は奇妙な静けさに包まれていた。
「ガタン、ゴトン」という音だけが規則正しく響き渡っていた。
恐る恐る身を起こした俺は、そっと車内の様子を見遣る。
メイド女の様が目に入る。
女は銃を真っ直ぐに構えたままであって、その顔には凶悪な笑みを浮かべていた。
銃口からは白煙が微かにたなびいていた。
葛西は…、葛西は一体どうなったのだろうか?
俺はそろりと左右を見廻し葛西の姿を探し求める。
彼はメイド女のやや手前にて立ち竦んでいた。
知らず知らずのうちに安堵の溜息が「ふぅ…」と漏れ出る。
メイド女の発砲、それは脅しだったのだろうと思いつつあった。
間近から狙いを定めて撃たれていたのなら、銃弾を受けて床に倒れ伏しているのだろう。
けれども、直ぐに異変に気が付く。
立ち竦んでいた葛西は、全く身動きをしていなかったのだ。
その様は、まるで銅像か何かのように思えてしまった。
胸中に拡がる不安に急かされるようにして彼を注視した俺は、つい驚きの叫びを上げそうになってしまう。
立ち竦む葛西の胸には穴が空いてしまっていたのだ。
拳を易々と出し入れ出来そうなくらいの大きな穴が、彼の胸にぽっかりと空いていた。
思わず立ち上がりった俺は、葛西の傍へと駆け寄る。
「だ…、大丈夫か?」と呼び掛ける。
その声が何時に無く震えを纏っていることが自分でもハッキリと分かった。
声を掛ながら彼の胸に空いた穴の様を見遣る。
その穴は、葛西の胸を完全に貫いていた。
けれども、その穴の断面は黒く塗り潰されているようであり、穴からは血の一滴も滴り出てはいなかった。
葛西はその目を皿のように大きく見開いて、怯えきった表情をその顔に貼り付かせていた。
彼の肩を掴んで強く揺すったものの、依然として立ち竦んだままだった。
俺は改めて葛西の顔を覗き込む、
瞬きすら為さない彼の顔は、能面を思わせるものだった。
俺の背後から「パチン!」と指を鳴らす音が響き来た。
その音の響きを合図のようにして、立ち竦む葛西の身体は急激にしぼみ始めたのだ。
それはまるで、彼の体が胸にポッカリと空いた穴に吸い込まれ行くようだった。
頭や手足にタプタプとした腹が空気が抜けた風船のようにして急速に縮み行き、穴へと引き寄せられて行った。
そして、その穴自体も徐々に狭まりつつあった。
呆然と俺が見詰める中、葛西の姿はその殆どが消え失せてしまい、宙には手のひらくらいの大きさの輪がポツンと浮かんでいた。
その輪はチョコでコーティングされたドーナツのようにも見えてしまった。
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