地獄☆特急

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カツカツと足音を響かせながらメイド女が歩み来る。 女はつい今まで葛西が立ち竦んでいた場所へとやって来ると、宙に浮かぶドーナツのような黒い輪を右手にて掴み取った。 「ほぅ…」という呟きが女の口から放たれる。 そして、メイド女は手にした輪へ勢い良く齧り付いた。 俺が唖然として見守る中、女はさも美味しそうな素振りにて輪を平らげて行く。 それはまるで昼下がりのミスドにて、女子高生が嬉しげにドーナツを頬張るようにして。 最後の一欠片となった輪を口の中へと放り込んだ女は、二,三度咀嚼してからゴクンと呑み込んだ。 そして、「フゥ…」と満足げな息を吐く。 まさしく凍り付いたようにして一部始終を見遣っていた俺。 その視線に気が付いたのか、メイド女は「何だ、アンタも食いたかったのか?」と問い掛けて来る。 嗜虐的な微笑みをその顔に浮かべ、まるで嘲笑うような声音にて。 その問い掛けで漸く我を取り戻した俺は、声を震わせながらこう訊ねる。 「あの…、葛西は…、此処に居た男はどうなってしまったんですか?」と。 「あぁ、ドーナツにして食った」と、メイド女は気怠そうな調子にて答えを返す。 「ど…どうして? 何でまたドーナツにしちゃったんですか?」と問いを重ねる俺。 「あぁん? そりゃ五月蠅かったからだよ」と、投げやりな調子で女が答えを返したその時だった。 「うわぁぁぁーっ!」と大仰な叫びが俺の背後から響き来た。 それは怒り、そして恐れをふんだんに湛えた声音だった。 弾かれたようにして振り返る俺の眼に、一人のオヤジが駆け寄りつつある様が飛び込んで来た。 頭をバーコード状に禿げ散らかした痩せぎすのオヤジは、銀縁メガネの奥に在る眼を血走らせながら猛然たる勢いでメイド女へと迫りつつあった。 それは、関ヶ原の戦いにて、島津義弘の部隊が撤退するべく徳川家康の本陣へと決死の突撃をかける様を彷彿とさせるものでもあった。 けれども、進撃のオヤジはすぐさまに終焉を告げた。 「ズダァーン!」と銃声が轟く。 その響きは何とも無慈悲な響きを纏っているように思えてしまった 轟音が響いた刹那、バーコードオヤジは凍て付いたかのようにしてその場へと足を止める。 駆け寄ることを止めたバーコードオヤジの胸には黒く大きな穴が空いていた。 まるで先程の葛西と同じように。 「パチン!」と指を鳴らす音が響き来る。 その音を合図のようにして、バーコードオヤジの身体はスルスルと縮み始めた。 胸に空いた穴に吸い込まれるようにして、哀れなオヤジはその姿形を喪っていった。 程無くして、バーコードオヤジが立ち竦んでいた場所にはピンク色のドーナツが漂っていた。 「お、ラッキー!」と嬉しげに呟いたメイド女は、足音を響かせつつ小走りで駆け行き、ピンクのドーナツをその手に取る。 フリル付きの白い手袋にて覆われたほっそりした手でピンクのドーナツを持つその様は何とも可愛らしく見えてしまい、惨劇の果ての情景であることを忘れてしまいそうになるものだった。 メイド女は嬉々とした様にてドーナツへと齧り付く。 つい先程までバーコードオヤジだったピンクのドーナツは、メイド女の可憐な唇の中へと収められつつあった。 たちまちのうちにピンクのドーナツを平らげたメイド女は満足げな吐息を漏らす。 そして、その口から赤い舌を出して薄桃の唇をペロリと舐め回す。 その様は、妙に扇情的なものとして目に映った。 列車の中には「ガタン、ゴトン」という音だけが響き渡っていた。 シートにちらほらと座っている背広姿の男達は凍て付いたような表情をその顔に浮かべ、目の前で起きた惨劇をただ呆然と見遣っていた。
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