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「ゴトン! ゴトン!」と重くて規則正しい音が振動と共に伝わり来る。
ドーナツをすっかり平らげたメイド女は、さも名残惜しそうに唇をペロリと舌で舐める。
それから、車内をグルリと見渡す。
まるで獲物を探し求める肉食獣のような、爛々とした眼差しで。
車内は水を打ったような静けさに包まれていて、居並ぶ背広姿の男達の表情は一様に引き攣っていた。
このメイド女の機嫌を損ねるようなことをしでかしたら、立ち所に銃で胸を打ち抜かれてドーナツに姿を変えられ、その挙句に貪り食われてしまうのだ。
この電車が『地獄行き』だとしても、そのことに抗おうものなら即座にドーナツに成り果ててしまうのだ。
ただ目を伏せて、目の前を吹き荒れる嵐をやり過ごすしか為す術が無いのだ。
「ドーナツになった奴らは、消えた」
唐突に、メイド女の声が響き渡る。
俺はハッと顔を上げ、彼女の顔を見遣る。
「この私に刃向かった輩などには死すら生温い!
地獄行きなど温情にしか過ぎん!
だから、世界から消してやった。
あいつらは、元々からどの世界にも存在しなくなったのだ!」
そう告げたメイド女は、高らかに哄笑する。
一頻り笑い声を響かせたメイド女は、俺のほうにその視線を向ける。
あぁ…、俺もいよいよ撃たれてしまう。
諦めめいた思いが心に浮かび上がったものの、メイド女はその銃を俺に向けることは無かった。
「地獄について少し教えてやる!
有り難く思え!」
そう叫んだ女は、浪々とした調子にて語り始める。
「血の池? 針の山? 極寒の荒野?
昔のクソ坊主共が小銭欲しさにでっちあげた法螺話にしか過ぎんのよ!
誠の地獄とは、現世と紙一重の場所に在るものよ。
これまでの暮らしが微かに変わる。
すると、それは途端に地獄へと変わり果てる。
その地獄で、貴様らは永劫の苦しみに悶えるのだ!」
そして、メイド女は再び哄笑を上げ始める。
己の哄笑に酔ったのだろうか、女は舞い踊るかのようにクルクルと回り始める。
クルリと回る度に、ふくよかな胸元は嫋やかに揺れる。
短いスカートの裾はふわりと舞い上がり、白い太腿をその付け根まで顕わにする。
その艶姿へと見入ることで、心を満たす恐怖と絶望、或いは底知れぬ不安を一刻であっても忘れられるようだった。
俺は一心に目の前にて舞い踊るメイド女の艶姿に見入っていた。
電車が緩やかに速度を減じるように感じられた。
意識は次第に暗がりへと落ちつつあるようだった。
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