3.ナッシング・バット・ネット

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「チームプレイ下手すぎかよ!?こんなんアイツらに文句言われても仕方ねえぞ」 「は?!その時はちゃんと」 「これからは、オレがなんとかしてやるよ」  佐野は目を丸くする。 「さっきみたいに失敗してもリカバリーしてやるし、変なこと言うヤツがいたらオレが相手してやる」  佐野の目は揺れて、支えるようにオレは両肩を掴んだ。切れ長の目を真っ直ぐ見る。 「ごめん、オレ、やっぱりお前とバスケがしたい。ただ強いヤツじゃなくて」 佐野は息を呑んだ。それから俯くと、 「じゃあ、勝負してください」 とどこかに歩き始めた。  佐野を追いかけていくと、外の体育倉庫に連れ込まれる。 「先輩が勝負に勝ったら、バスケ部に入ってもいいです」 「マジで?!でも勝負って」 「先にキスした方が負け」  顔の横の壁に佐野の手がついて、顎を持ち上げられる。名前を呼ぼうとしたら、佐野の顔が迫ってきて唇が軽くなった。重なる身体が汗ばんでくる。顔が離れると、やっとキスされていたことに気づいた。えっ、なんで? 「ずっと好きだったんです」  佐野はオレの肩に額をつける。 「いつも、すごく楽しそうにバスケしてる姿が眩しくて。1on1だって、勝敗なんてどうでもよかった。先輩に構ってもらえるのが嬉しかったんです。バスケが好きだったからじゃない」  佐野の声はずっと震えている。耳の先は赤くなっていた。ぴったりくっついた胸の鼓動の熱さは、どちらのものかわからない。 「俺、すごい不純な動機なんですけどいいですか?先輩のそばにいたいし、先輩とならバスケットを楽しめるかもって」 「い、いいに決まってんじゃん!普通に嬉しいんだけど!」 「・・・嫌じゃない?」 「一緒にバスケできるのもそうだし、好きとかキスとかも・・・その、嫌じゃない、し・・・」  佐野は「正直者だ」と可笑しそうに肩を揺らす。  タイミングがいいのか悪いのか、オレのスマホが鳴った。画面を見れば部長からだった。「どこにいる?」とメッセージが入っている。 「そろそろ戻るか」 「そうですね。でも、あと一回だけ」  オレを見下ろす佐野の目は少し赤くなっていて、その顔が近づきぼやけていく。オレは目を閉じて顎を上げた。  今度は電話の呼び出し音が鳴るまで、オレたちは唇を重ねていた。  二学期になって、佐野は正式にバスケ部に入部した。まさかこんな早くに決心するとは思わなかった。  園芸部とも掛け持ちしていて、毎朝水やりしてから朝練に来る。  オレ以外まだ誰もいない体育館にやってきた佐野は、シューズを傍に置いてストレッチを始めた。 「毎朝よくやるよな」  オレは佐野の隣に座って麦茶を飲む。 「朝練のついでですから」 「無理して来なくていいって」 「だって先輩が来てるでしょ」 「ハハっ、お前オレのこと好きすぎじゃね?」  からかうつもりで言ったのに 「そうですけど」 と真顔で返された。表情筋が固まって、顔が熱くなってくる。 「正直すぎ。本当にかわいい人ですね」  あどけない顔で笑う佐野に、ますます顔が熱くなる。 「クソ!マジで生意気なやつだな!勝負しろお前ぇ!」 「いいですよ。先輩が負けたらどうします?」 「負ける前提なのがムカつくんだけど」 「じゃあ俺が勝ったらキスしていいですか?」 「じ、じじじ上等だ!」  佐野はコートに入るとボールを持って、オレの正面に立つ。楽しそうな顔しやがって。  オレは腰を落として手を構える。ボールは小気味いい音を立ててオレの手に渡った。キュッとシューズが床を擦る音を合図に、オレたちはゴールに向かって走り出した。 end
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