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空っぽの体育館の中に、バスケットボールが弾む音が規則正しく聞こえる。
オレはボールを打ちながら、目の前でディフェンスの構えを取る男をじっと見据える。
ヤツもまた眼鏡の奥からクレバーな眼差しを送っていた。
オレは愚直に正面から突っ込んだ。ドリブルしながら懐に飛び込む。その瞬間、身体を反転させ背中でボールを守り、シュートのフォームをとる。それを阻止しようと腕が上がるがこれもフェイントだ。腕をくぐってドリブルで一気にゴール下まで駆け抜けシュートする。
よし、勝った!
と思っていた。
完璧な放物線を描いてネットに吸い込まれていくボールを、長い腕がはたき落とすまでは。
「ああああああ!!」
「うるさいなあ。俺の勝ちですからね!もう勝負をふっかけてこないでくださいよ」
「そんな約束はしてない!」
「松浦、いい加減にしろ。朝練始めるぞ」
バスケット部の部長にそう言われ、オレはぐぬぬと引き下がった。
「佐野、悪いな。いつも松浦がちょっかい出して」
「いえ、相手しないとしつこいので」
「ホントすまん・・・。でも勿体ないよ。そんな上手いのに」
「そうだよ、バスケ部入れよ!」
「松浦先輩が俺に勝ったら、って約束でしたよね?俺も部活あるんで」
佐野はスクールバックを持ち、体育館を出ていった。カッターシャツはさらりとしてて、汗ひとつかいてないのがムカつく。
「園芸部なんてやることあんのかよ?!」
「朝早いうちに水をやらないと、水が熱湯になるんですよ」
「おい、松浦!朝練!」
食い下がるも部長の声が飛んできて、オレは負け犬の遠吠えのごとく
「くっそーー!!次は昼休みに勝負だあぁぁぁ!!!」
と捨て台詞を残すのが精一杯なのであった。
そして昼休み。
オレは一年生の教室にダッシュした。
佐野を初めて見かけたのは球技大会の時だ。一年生同士のバスケットの試合に出ていて、明らかに他のヤツとは動きが違っていた。まったく無駄のない身のこなしでディフェンスをすり抜け、あっという間に点を奪っていた。あの鮮やかな動きはただの経験者じゃない。すぐ交代してしまい、それからは試合に出なかったけど。
うちのバスケ部はお世辞にも強いとは言えない。良くて予選を突破できるくらいだ。アイツがいたら、その先に行ける気がする。見たことのないところまで。
勧誘したら、佐野は生意気にも「俺より弱い先輩がいる部活に入りたくない」とかぬかした。粘りに粘って、1on1でオレがポイントを取ったらバスケ部に入るという約束をした。
それ以来暇ができれば佐野と勝負をしているけど、オレがポイントを取れたことは一度もない。
一年二組の教室の扉をスパーンッ!と開ければ、佐野の姿はもう見えなかった。くそっ!またかよ。
「佐野は?」
佐野のクラスメイトに声をかける。
「どこか行っちゃいましたよ、弁当持って」
ソイツは渋い顔をする。
「いい加減にしないとバスケ部が何度も押しかけて迷惑かけてるってチクりますよ」
「アイツがバスケ部入ったらもう来ねえよ、じゃ!」
一年生の教室を後にした。だけど諦めたわけじゃない。学校中を駆けずり回って、中庭の花壇の前でしゃがむ佐野を見つけた。
佐野はオレを見た途端「げっ」と嫌な顔をしやがった。草取りをしていたのか、手にはめた軍手には濃く土の色が付いている。
「おい佐野「1on1、やってもいいですよ」
佐野は涼しげな横顔を崩さず「ただし、」と前置きして
「草取り、手伝ってください」
と言いやがった。
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