3.ナッシング・バット・ネット

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 それから二週間後、バスケ部の大会があった。三年生の先輩たちの最後の試合だ。佐野とは1on1どころか顔も合わせていない。  だからってわけじゃないけど、 「予選敗退かあ・・・」 「いや、最初の相手が全国大会の常連ってさあ」 「運が悪すぎだよな」  肩を落とし、ボールバッグや滑り止めスプレーを手に、ゾロゾロと連れ立って駐車場へ荷物を運ぶ。  そんな中、オレは意外な人物を見つけて列を抜け出した。  グラウンドに沿って敷かれた並木道を歩いているのは、カッターシャツを着た佐野だった。 「先輩?どうしてここに・・・試合は?」 「もう終わった。負けたよ。それより佐野はなんで」 「各部活の試合の日程、廊下に貼ってあったじゃないですか。でも無駄足でしたね。帰ります」 「もしかして試合見に来たのか?!え?!なんで?!」  佐野は「俺の勝手でしょ」と照れ臭そうに顔を背ける。 「そっかあ、なんか嬉しい。ありがとな」 「ほんっと、先輩、そういうとこですよ」 「なにがだよ」 「憎めないっていうか、き、嫌いになれないというか・・・」  佐野の声はだんだん小さくなっていって、眼鏡の奥の目がちょっと潤んでいる。 「そっかー!よかった!マジで嫌われたかと思った!」 「お、おじさんが仲直りしてやれっていうから・・・!」  佐野の顔が少し赤く染まるけど、オレの背後に目をやるとその色が一気に引いた。肩にかけたスクールバッグの紐をぎゅっと握る。  振り返れば、別の学校のユニフォームを着たヤツらが二、三人走ってきていた。あ、一回戦で当たったとこじゃん。 「慶次郎、久しぶり。ほら、小中でジュニアクラス一緒だったじゃん」 「まだバスケやってたんだ」  ヤツらはヘラヘラ話しかけるけど、佐野の顔はプラスチックに置き換わったみたいに無機質だ。  話しかけてくるやつらに悪意があるようには見えない。これ、多分、佐野にしたことを覚えてないんだ。なんかすげえムカついて、拳をぎゅっと握っていた。  「あの、」と佐野の前に出ていってみる。 「ん?誰だっけ?」 「あ、このユニフォーム一回戦の」 「ああ、楽勝だったよな」  カチンときたけど、まあ試合したヤツの顔なんていちいち覚えてないよな。オレも覚えてないし。 「ふざけんなよお前ら!」  佐野はすごい剣幕で目の前のヤツの胸ぐらをつかむ。 「相手を見下すことしか脳がねえくせに!俺より弱いくせに!」 「佐野、やめろって!」  佐野を無理矢理引き剥がしたものの、ピリッとした空気が漂っていた。 「弱いって、小学生の時のことだろ。そもそもお前まだバスケやってんの?」  佐野は唇を噛むが、 「じゃあ、試合しろ。俺と」 と睨みをきかせる。マジで?!佐野が自分から!?  「は?時間ないんだけど。次の試合あるし」 「やれよ!」 「じゃ2on2!2on2やろ!すぐ終わるし!」  佐野を遮り、グラウンドのバスケットゴールを指差した。ピリピリした空気を引きずったままだけど、移動し始めてホッとする。  佐野がセンターに立ち、向かいに他校の選手がボールを持つ。オレともう一人はそれぞれ陣地に立ち構えた。  どちらかのチームが先にポイントを入れたら勝ちの一発勝負だ。  ボールが佐野の手に渡る。佐野はそのままコートを大回りするようにドリブルする。ディフェンスはオレと佐野にぴったり張り付いている。オレはなんとかしてディフェンスを抜け、佐野からボールを受け取らなきゃいけない。  佐野がどこに抜けようとしているのか、手に取るように分かる。毎日のように勝負していたから。  それなのに、ディフェンスを切り抜けられない自分の未熟さがもどかしい。  佐野は力ずくでもつれながらゴール下まで進んでいく。 「佐野、パスしろパス!」  佐野はちっとも聞かずに、片手でディフェンスを制しフックシュートする。しかしボールはリングを一周した。  こぼれ落ちる刹那、佐野の顔に落胆が浮かんだ。オレはすかさず走りながら叫ぶ。 「佐野!ディフェンス、スクリーン!」  オレはゴール下で、ディフェンスより高くジャンプしてボールを叩いた。背中で敵を抑える、佐野の手の中をめがけて。パスなんて上等なものじゃなかったけど、佐野はしっかり受け取って、流れるようにシュートを決めた。  オレはドヤ顔で背後のディフェンスを見る。ポカンとしていたが、目が合うと気まずそうに逸らされた。 「まぐれだまぐれ」  汗を拭きながら、アイツは立ち去っていく。試合じゃ手も足も出なかったけど、勝負に勝ったしアイツらの不貞腐れた様子に少しスッキリした。それに、確信したことがある。  オレは佐野に向き直った。 「この下手くそ!」
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