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内緒にしてくれる? とその男子はおずおずと口を開いた。
「実は、太郎くんを捕まえたいんだ」
サアア、と六月の校庭に湿った風が吹いた。
中間テストを間近に控えた午後の高校は、校庭をチョロチョロする運動部もなく、教室で下らない動画を見て盛り上がっている生徒もなく。一時間ほど前までの賑やかさが嘘のように静かで、その風の音はやけに耳の中に残った。
校庭の端っこ、言い換えると校舎の入り口の真正面で、向かい合う俺と男子生徒。午後になってだいぶ経つのに、ギラギラした日が降り注いでいる。大人しそうな相手が持っている、不似合いな大きなスコップも強い光を放っていた。近くにはごく浅い穴と散らばった土。
このワンシーンがドラマのように画面に映し出されているのを想像したところで――お互い主役にするには地味な見た目だが――俺はハッと我に返った。高校二年になり、最早めったなことでは驚かないと思っていたのに、リアクションを忘れるくらいには驚いていたらしい。
いやでも、校庭を掘っていた人に「何してるの?」と聞いて、こんな返答が返ってくるのは予測できないだろう。
「太郎くんって、あの――」
俺が言いかけた時、校舎から知っている教師が現れた。おい、と大きな声で呼びかけられる。
「移動しよっか」
考えるより先に、俺は男子生徒の手首をつかんでいた。そのまま小走りで深刻さゼロの逃走劇を始める。走っている途中で「ん?」と自分の行動に疑問を感じたが、別に急ぎの用事なんてないし、まあいいかと思い直した。下校しようとして、たまたま変な生徒のそばを通ったので声をかけた。こうなった。そんな午後が高校三年間の内一日くらいあったっていい。
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