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とりあえず校舎と校庭の間を進んで、角を曲がると、裏の日陰に入った。名前も知らない葉っぱだけの木が数本生えている、少しジメッとした人気のない場所だ。
俺は改めてスコップの男子と向き合った。手を引いていて、無理やり引っ張っているような感覚は全然なかったが、今も彼は気弱な目を瞬くだけだった。見覚えのない顔だ。
「で。太郎って、あの七不思議の?」
うん、と男子は頷いた。
「『校庭を走る太郎』」
ベタな話だが、この高校には七不思議と呼ばれる噂話がいくつかある。その内の一つがそれだった。誰かが「太郎」と名づけて皆にそう呼ばれてきたが、実際に「彼」の姿を目撃した人はいないらしい。ただ、足音が聞こえるのだという。全校生徒も教職員も帰宅した、静まり返った夜遅くの校庭で、ダダダダッ、ダダダダッと。工事現場のドリルのような音だとか、まるで校庭の反対側から校舎までひたすらシャトルランをしているようだとか、そんな風に言い伝えられていた。
そのシャトルラン太郎を捕まえる?
校舎の入口の真ん前を掘って?
「もしかして、さっきのは落とし穴? あんなところで、よく堂々と掘ってたな?」
呆れと感心の中間くらいの気持ちで俺が言うと、男子は困り顔になった。
「他の人には声かけられなかったし、いけるかと……」
「たった今声かけられたけどな」
甘い。高校生がこんな金平糖みたいに甘い考えで大丈夫だろうか、と少し心配になる。先生にもっと早く注意されなかったのは奇跡だ。
俺は目の前の男子を眺めた。体の線はかなり細い。土をスコップですくうのがちょっとずつだったのは、そのためか。自然な短髪がそよ風に揺れる。大胆な犯行をするようなタイプには見えなかった。
「それで、どうする?」
「え?」
「諦めるのか?」
俺は真面目そうだとよく言われる顔で、意味深に口角を上げてみせた。
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