1人が本棚に入れています
本棚に追加
3
二年生の教室は三階にあった。廊下とは逆のサイドには窓がずらっと並んでいて、そこからは校庭の様子が一望できる。
俺は教室の窓枠に手をついて、一かけらの暗さもない、朝の白っぽいグラウンドを見つめていた。モモが大きく描かれたミックスジュースをチューッと飲む。
「明日からテストだってのに、余裕だなー」
振り返ると、クラスメイトの木村がヘラリとした顔で立っていた。適当に挨拶して、俺は開放された窓の外に視線を戻す。昨日苦労して掘った穴は、誰かがいい仕事をしたらしく、きれいさっぱり跡形もなく埋められていた。
または――。
「なぁ木村。太郎って知ってる?」
タロー? と友人が隣に並ぶ。
「ああ、『メリーさんの恋人』の?」
「は? いや、俺が言ってるのは七不思議の太郎」
「この話知らない? 太郎、『トイレのメリーさん』と付き合い始めたらしいよ。だから、ここ二ヶ月くらい『校庭を走って』ないって噂」
「初耳だよ……」
七不思議同士が付き合うってどういうことだ、と思ったが、それ以上に、落とし穴は無駄だったんだな、という感想を抱いた。
――太郎くんなら、友達になってくれるかと思って。
俺は広々とした校庭を眺めた。横で木村が『音楽室のムンク姫』についてペラペラ語るのを聞き流していると、梅雨時の風が顔をなでた。
軽く調べたところによると、グラウンドの土はせいぜい2、30センチの深さで、その先は石の層になっている。スコップで掘り進めたら、当然そこに行き当たるはずだ。それがなかったということは――。
「サトルって聞いたことあるか?」
半分独り言のような問いかけに、木村はキョトンとした。
「ん? それも七不思議か何か?」
「どうだろ。知らないならいいや」
二年一組はこのクラスだ。他の組と聞き間違えただけの可能性もあるが、彼は本当に二年一組の生徒だったのかも知れない。俺はあの夜、ものすごくレアな体験をしたのではないか。
どちらにしても、「人生こんなもん」と決めつけるのはちょっと早かったか。
何だよ教えろよ、とからんでくる木村をあしらいながら、俺は充実した気分で、筋肉痛の腕でジュースを口元に運んだ。
最初のコメントを投稿しよう!